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「それはお断りします。迷惑千万な」

「是非見て頂きとう存じます」

 と、又もや意外な言葉が、悲痛な顔をして突立っていた粕谷老人の口から洩れ出た。老執事は我子の非業の最期を聞いて、直ぐにも駆けつけたかったのであるが、主人の許しを得なければ絶対にどこへも出かける老人ではない。ところが生憎不意の来客のために、許しを乞う暇もなく、松坂の方でも許しを与えるのを、つい忘れていたので、彼は先刻さつきから悲壮そのもののような顔をして、黙って来客達の会話を聞いていたのだったが、今はもう堪え切れないと云う風に雄弁に喋り出した。

「是非伜のへやを見て頂きまする。伜は今夜は確かに室におりまして、外出はいたさぬ筈でござります。いつの間にどうして山王下まで参りましたやら、不審に堪えぬのでございまする。室に何か変った事がございますかも知れませぬ」

 老人がこう云い出したので、松坂も最早仕方がなかったので、手の交っている事は嫌だったが、一同で繁松の室へ行く事にした。

 繁松の室は階下したの裏庭に面した角の一室だった。粕谷老人は不吉な予感を持ちながら、ドアをサッと開けたが、中はさして取乱した跡もなく、格別変った事はなかった。繁松の姿は無論見えなかった。

 手は何を思ったか、ツカツカと無遠慮に室の中に這入って、眼を物凄くグルグルと廻転させたが、彼は机の上から一枚の紙片を取り上げた。

「外国から来た電報だが」手は呟いた。「ベルリンから来たものだ。ところが電文はただ一文字Berlin とあるばかりだ。ベルリンから来た電報にベルリンと云う電文は可笑おかしい」

 こう独言のように呟くと、彼は電文を彼の傍若無人の態度に呆気に取られている人々の前に差出した。

「この電報について何か御心当りの事がありますか」

「ない」返辞ママしない訳にも行かぬので、松坂は渋々答えた。

「私も一向存じません」粕谷老人も渋々答えた。

 手は返辞ママを半分聞流して、又もや鋭く眼を動かして、ツカツカと壁際に寄って、耳を押しつけながら、コツコツと手当り次第に叩き廻った。

 余りの事に松坂は最早辛抱がならなかった。言葉鋭く無礼を咎めようとした途端に、手の押した壁がグラグラと動いたので、あっと驚いて出しかけた言葉をグッと呑込んだ。

じやの道はへびでな」手は大きな鼻をうごめかしながら、「こんな仕掛は初歩だて。ハハハハ、御主人の留守中にちょっとこんな隠場所を作ったらしいが、ハテ、中に何が這入っているのか知らんて」

 手はこう憎々しく呟きながら、手を少し動かすと、壁は一けんばかりガラリと廻転して、そこに大きな秘密押入が現われたが、そこには油絵の額面らしいものが二枚立てかけてあった。松坂はさっと顔色を変えた。しかし、彼以上に驚愕したのは粕谷老人だった。彼はフラフラとして倒れそうになったのを、ようやく踏みこたえたのだった。

 松坂は急がしく二枚の油絵を見廻したが、ニウルンベルクの名画はそのうちに見当らなかった。一枚はルーベンママが彼の美しい妻を描いた画の模写、一枚はレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐これも同じく模写だったが、この二枚はいずれもまさしく彼が保税倉庫に預けてあったものだった。

「こ、これは」

 予期したニウルンベルクの名画がなかったので些か張合は抜けたが、横浜の倉庫にあるべきこの二