「それはお断りします。迷惑千万な」
「是非見て頂きとう存じます」
と、又もや意外な言葉が、悲痛な顔をして突立っていた粕谷老人の口から洩れ出た。老執事は我子の非業の最期を聞いて、直ぐにも駆けつけたかったのであるが、主人の許しを得なければ絶対にどこへも出かける老人ではない。ところが生憎不意の来客のために、許しを乞う暇もなく、松坂の方でも許しを与えるのを、つい忘れていたので、彼は
「是非伜の
老人がこう云い出したので、松坂も最早仕方がなかったので、手塚の交っている事は嫌だったが、一同で繁松の室へ行く事にした。
繁松の室は
手塚は何を思ったか、ツカツカと無遠慮に室の中に這入って、眼を物凄くグルグルと廻転させたが、彼は机の上から一枚の紙片を取り上げた。
「外国から来た電報だが」手塚は呟いた。「ベルリンから来たものだ。ところが電文はただ一文字Berlin とある
こう独言のように呟くと、彼は電文を彼の傍若無人の態度に呆気に取られている人々の前に差出した。
「この電報について何か御心当りの事がありますか」
「ない」返辞〔ママ〕しない訳にも行かぬので、松坂は渋々答えた。
「私も一向存じません」粕谷老人も渋々答えた。
手塚は返辞〔ママ〕を半分聞流して、又もや鋭く眼を動かして、ツカツカと壁際に寄って、耳を押しつけながら、コツコツと手当り次第に叩き廻った。
余りの事に松坂は最早辛抱がならなかった。言葉鋭く無礼を咎めようとした途端に、手塚の押した壁がグラグラと動いたので、あっと驚いて出しかけた言葉をグッと呑込んだ。
「
手塚はこう憎々しく呟きながら、手を少し動かすと、壁は一
松坂は急がしく二枚の油絵を見廻したが、ニウルンベルクの名画はそのうちに見当らなかった。一枚はルーベン〔ママ〕が彼の美しい妻を描いた画の模写、一枚はレオナルド・ダ・ビンチの最後の晩餐これも同じく模写だったが、この二枚はいずれも
「こ、これは」
予期したニウルンベルクの名画がなかったので些か張合は抜けたが、横浜の倉庫にあるべきこの二