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た。

 やがて姿を現わした手は片手に原稿のようなものを持つていたが、

「君、すまないが之を一つ書直して呉れないか」

 と云つて、その原稿を差出したので、簑島はおず読んで見たが、思わずあつと顔色を変えた。それは警視庁宛の密告状で、大体の意味は次のようだつた。

  今夜十一時頃郊外S停留場附近高台の白石新一郎邸前で殺人がありました。殺されたのは

  有名な宝石商の柏木金之助です。犯人は短銃で一発の許に彼を射殺して、逸早く逃走しまし

  たが、多分彼は強窃盗の前科のあるもので柏木を射殺する前に白石邸へ忍び込んだのではな

  いかと推定されます。白石邸から出て来る所を、柏木に見咎められて、止むを得ず射殺した

  のではありますまいか。兎に角、私は犯人の姿を認める事は出来ませんでしたが、幸に犯人

  の指紋を取る事が出来ましたから、同封して送ります。無論貴庁の台帳に乗つている事と思

  いますから、それによつて容易に犯人を決定する事が出来ましよう。

「こ、これはどう云う事ですか」

 読み終つた簑島は叫んだ。そうすると、手はニヤリと笑いながら、

「何でもない。犯人を警視庁に教えるのさ。指紋は短銃についていたので、今写真に撮つて置いたから、今晚中には現象が出来る。そうしたらそのフィルムを封入して送るのさ。僕の筆蹟では少し都合の悪い事があるので、君に頼むのだが、君は真逆その憎むべき殺人犯人を庇護して、密告するのに躊躇するような事はあるまいね」

 簑島はその時に二言三言云い争つたが、結局密告状を書く事を余儀なくせられたのだつた。密告状が出来上ると、彼は二コしながら、尖つた醜い鼻を、蓑島の頰にすり寄せた。

「君、菅原代議士と云うのはとても喰えない悪漢だぜ。富豪や貴族の弱点を押えてはね、凄い脅迫をやつてウンと金を拵えている奴なんだ。彼の悪行の為に彼の夫人は不思議な死に方をしたのだ。今度は奴を少し苛めてやる事が出来そうだ。そうした暁には君にだつて、只は骨を折らしはしないよ」

 悪魔の囁きに似たものを耳許から吹き込まれた時に、簑島は只訳もなくブル顫えた。代議士の菅原精一と云う男が、好くない人間で、警察からも絶えず注意されながらも、少しも尻尾を摑まれない強かな者であると云う噂󠄀さは満聞いていないでもなかつた。然し、その菅原の上を行こうと云う怪人物にはどう答えて好いのか、只子供のように縮み上る他はなかつた。