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中に短刀を背負ったままバッタリ床の上に斃れる。短刀の先には予め毒液が塗ってあって、死損わないようにしてあった。巧妙な事には短刀を咥えていた機械は短刀を放すと共に、部屋の隅の方に移動するようになっていた。隅にはいろいろ他の機械があったから、この秘密は容易に発見されないのだった。こうして彼は完全に自殺を胡麻化す事が出来たのだった」

「しかし、しかし」私は渇いた唇をしめしながら云いました。

「どう云う理由わけでそんな事をする必要があったのですか」

「それは彼の敵を傷けるためだ。彼には敵があった。恐るべき脅迫者があったのだ。彼はその敵を陥いれるために、そう云う計画をしたのだ」

「え、え、敵と云うのは誰ですか」

「彼のグリウネワルドの森の中の秘密を知っている者が唯一人あった。それは他ならぬ彼の旧友の穴山市太郎で、鳥沢は絶えず彼から脅迫を受けていたのだ」

「だが、穴山はうに死んだではありませんか」

「鳥沢は穴山さえ死ねば他に秘密を知る者はないと思っていた。しかし、穴山も去る者で、万一の場合を思って或る人間に鳥沢の秘密に関する書類を預けて置いたのだった。その人間はあの夜鳥沢邸に忍込んでいた。それで彼はあんな死方をして、その人間に殺人の嫌疑を向ける積りだったのだ」

「あの夜あの家にいた人間と云うのは誰ですか。その人間を探し出して下さい。その人間こそ私を晴天白日にしてくれる人間です」

よろしい、君の願い通りにしよう」手はニヤリと笑いました。「その前に君に見せる物がある」

 彼はそう云って懐中ポケツトから一枚の紙を取出しました。それはノートブックを引裂いたようなものでした。

「鳥沢の秘密の日記の一部だ。読んで見給え」

 私は裁判所で度々鳥沢の書いた物を見せられましたので、彼の筆蹟はよく知っています。確かに彼の書いたものに相違ありません。それには走り書で次のような事が書いてありました。

 今日いよいよ確かめる事が出来た。この間穴山が真青な――日本語では青と云ってしまうけれども、実は緑だ――トマトを見て、彼は見事な赤いトマトだなと云った。俺は冗談かと思って好い加減に聞いて置いたが、その後気をつけていると、彼は確かに緑と赤の区別が出来ない。今日こそ彼が立派な色盲であると云う確証を得た。彼が画家として成功をする事の出来なかったのも無理のない話だ。俺はいつかこの事実を利用して、憎むべき脅迫者、骨をしゃぶってもあきたらない彼に復讐を遂げる事が出来そうだ。

「こ、これは」

 私は余りにも恐ろしい言葉に思わず叫びました。

「レオナルド・ダ・ヴィンチに比すべき天才――もっとも鳥沢は悪人でおまけに気狂だったが」手は平然として云いました。「彼は僧むべき敵である穴山が色盲で赤を緑と見る事を知った時に、巧妙な且つ恐るべき計画を思いついた。思うに、富士丸にも矢張そうした奸計が隠されていたかも知れない。彼はもし成功すれば続いて自殺でもする気で、彼の秘密に関する謎のような事を来賓一同に述べたのかと思われる。しかし、その時には成功せず、後に園遊会で彼の奸計は成功した。可哀想な穴山