「そうでもありませんが、何しろ腹が減って耐らないので、里の方へ出て夜〔ママ〕台店に首でも突込もうと思っているのです」
口から
「金は持ってるのかね」
随分失礼な質問でしたが、私は格別腹も立ちませんでした。
「金なぞは一銭だって持っていませんよ」
「じゃ、どうして屋台店の物が食える?」
「
「君の職業は何だね」
「まあ、画描きですね」
「ふむ」
紳士は何と思ったか溜息をついて、暫く考えていましたが、
「君は僕が探していた青年だ。どうだね、これから僕のうちへ来ないか」
「喜んで行きますね。食物を食べさせてくれて、寝かしてくれるうちなら、どんな所へでも行きますよ」
「ふむ」紳士は満足そうにうなずきました。
「いよいよ君は僕が捜し求めていた青年だ。やって来給え」
こう云う訳で私は紳士に伴われて彼の家に行く事になったのです。
この紳士は云うまでもなく鳥沢治助でした。
前にも云った通り、私がこの人物に対して、多少でも予備知識があれば、大いに警戒するのでしたが、ちょっと会った所では
彼について二十分も歩いたでしょうか、小高い丘の中腹の林に取り囲まれた洋館に案内されましたが、これこそ有名な緑林荘で、私は夜目にもその宏壮なのに驚いてしまいました。
ところが、その堂々とした邸宅の中はガランとして、一向人気がないのです。のみならず、どの部屋も、すっかり緑色なのです。私は何となく薄気味悪くなって来ましたが、今更
彼はやがて彼の居間にしているらしいやはり緑以外の色のない広間に私を通しました。そして戸棚の中から洋酒の瓶とパンとソーセージを出し私の前に並べました。戸棚も食器も洋酒の瓶もことごとく緑色でした。
「
私は挨拶の言葉も出ませんでした。いきなり前に置かれたパンを摑むと、まるで消えて
珈琲沸しに水を注ぎながらその様子を見ていた彼は、嬉しそうに眼を輝やかしましたが、やがて感慨無量と云う風で、