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との間に可能的關係を構成する二元的態度である。さうして「いき」のうちに見られる「なまめかしさ」「つやつぽさ」「色氣」などはすべてこの二元的可能性を基礎とする緊張に外ならない。いはゆる「上品」はこの二元性の缺乏を示してゐる。さうしてこの二元的可能性は媚態の原本的存在規定であつて、異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失ふ場合には媚態はおのづから消滅する。媚態は異性の征服を假想的目的とし、目的の實現とともに消滅の運命をもつたものである。永井荷風が「歡樂」のうちで『得ようとして、得た後の女ほど情無いものはない』と云つてゐるのは、異性の雙方において活躍してゐた媚態の自己消滅によつて齎らされた『倦怠、絕望、嫌惡』の情を意味してゐるに相違な