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望郷歌


 夏の夕暮だつた。白つぽく乾いてゐた地面にもやうやくしつとりと湿気がのつて、木立の繁みでははやひぐらしが急しげであつた。

 子供たちは真赤に焼けた夕陽に頭の頂きを染めながら、学園の小さな庭いつぱいに散らばつて飛びまはつてゐる。昼の間は激しい暑さにあてられて萎え凋んだやうに生気を失つてゐるのだが、夕風が吹き始めると共に活気を取りもどして、なんとなく跳ねまはつて見たくなるのであらう、かなり重症だと思はれる児までが、意外な健やかさで混つてゐるのが見える。

 女の児たちは校舎の横の青芝の上に一団となつて、円陣をつくり手をつなぎ合つてぐるぐると廻つてゐた。円の中には一人の児が腰をかがめて両手で眼をおさへてゐる。望郷台と患者たちに呼ばれてゐる、この小山の上から見おろしてゐると、緑色の布の上に撒かれた花のやうだつた。鶏三は暫く少女たちの方を眺めてゐたが、あれはなんといふ遊びだつたかな、と自分の記憶の中に幼時のこれと似た遊びをさがしてみた。うしろにゐるのはだあれ、多分あれであらうかと思ひあたると、急に頰に微笑が浮んで来るのだつた。

 少女たちは合唱しながらぐるぐると廻つてゐたが、やがて歌が終ると、つないでゐた掌を放して蹲つた。すると今度は中に跼まつてゐた児が立上ると見えたが、忽ちどつと手をうつて笑ひ始めるのだつた。西陽が小さな頰を栗色に染めてゐるためか、癩児とは思はれぬ清潔な健やかさである。

 鶏三は芝生に囲まれた赤いペンキ塗りの小箱のやうな校舎と見比べながら、教室にゐる時の彼等の姿を思ひ浮べた。今かうして若葉のやうに跳び廻つてゐる彼等も、一歩教室へ入るが早いか、もう流れ木のやうにだらりと力を失つてしまふのである。眼は光りを失つて鈍く充血し、頰の病変は一層ひどく見え出して、何か動物の子供にものを教へてゐるやうな無気味な錯覚に捉はれたりするのであつた。彼が学園の教師になつたのは入院後まもなくのことであつたが、教室へ這入つた彼に一斉に向けられた子供たちの顔を初めて見た時、彼はいたましいとも悲惨とも言ひやうのないものに胸を打たれた。小さな頭がずらりと並んでゐるのであるが、ある児は絶間なく