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これを訶止す。家貞對へて曰く、「主君戒心あり。臣將に之と同じく死せんとす」と。吏止むるを得ず。忠盛殿に昇り、闇にき刀をく。刀光外射す。衆大に畏れ敢て事を發せず。宴に及びて忠盛を召してまひを命ぜらる。衆歌ひて曰く「伊勢瓶子へいじ醋瓫すがめなり」と。盖し國音、瓶子は平氏に通じ、醋瓫はすがめに通ずればなり。忠盛之をぢて、宴を終へずして退く。主殿司とのものつかさを呼びて、刀を脫し之を授けて出づ。衆忠盛劍を帶び殿に上り、兵を以て自まもるを劾奏がいそうし、典刑てんけいを正さんと請ふ。上皇【上皇】鳥羽驚きて、忠盛を召して之を問ひ給ふ。對へて曰く、「臣の家人道路の言を聞き、臣に尾して來れり。臣をして知らしめず。唯陛下其罪をさだめよ。其佩刀はいたうの如きは、請ふ之を主殿司に問ひ玉へ」と。主殿司、刀を進む。木刀に銀を塗りしなり。上皇わらひて曰く、「忠盛意を用ゐるまことつとめたり。死を以て君をまもるは則武人の習ひのみ」と。遂に問ふ所なかりき。忠盛累遷して、正四位下刑部卿ぎやうぶきやうを以て、仁平中に卒せり。