からみじかき運をさとりぬ。すなはち五十の春を迎て。家を出世をそむけり。もとより妻子なければ。捨がたきよすがもなし。身に官祿あらず。何に付てか執をとゞめむ。空しく大原山の雲に臥て。又五かへりの春秋をなんへにける。爱に六十の露きえがたにをよびて。更に末葉のやどりをむすべる事あり。いはゞ旅人の一夜の宿を作り。老たるかひこのまゆをいとなむがごとし。是を中比のすみかになずらふれば。又百分が一にだにも及ばず。とかくいふ程に齡はとし〴〵にかたぶき。すみかは折々にせばし。其家の有樣よのつねならず。ひろさわづかに方丈。たかさは七尺ばかりなり。所を思ひ定めざるが故に地をしめて作らず。土居をくみ。打おほひをふきて。つぎめごとにかけがねをかけたり。若心に叶はぬ事あらば。やすく外に移さむが爲なり。其改め造る時いくばくの煩かある。つむ所わづかにニ兩なり。車の力をむくふる外には。更に他の用途いらず。いま日野山の奧に跡をかくしてのち。・南に假の日がくしをさし出して。竹のすのこをしき。その西に閼伽棚を作・り。うちには。西の垣にそへて。阿彌陀の畫像を安置し「奉り。落日をうけて眉間の光とす。かの帳の扉に。普賢ならびに不動の像をかけたり。北の障子のうへに。ちいさき」棚をかまへて。くろき皮籠三四合を置・すなはち和歌管弦徃生要集ごときの抄物を入たり。傍に筝琵琶をの〳〵一張をたつ。いはゆるおりごとつぎびわこれなり。「東にそへてわらびのほどろをしき。つかなみをしきて夜の床とす。東の垣にまどをあけて。こゝにふづくえを出せり。枕のかたにすびつあり。これを柴折くぶるよすがとす。庵の北に少地をしめ。あばらなるひめ垣を