是を尋ぬれば。すべき方なきものゝ古寺に至りて佛をぬすみ。堂の物の具をやぶり取てわりくだけるなり。濁惡の世にしも生れあひて。かゝる心うきわざをなむ見侍りし。又いとあはれなる事・侍りき。さりがたき女男など持たる者は。其思ひまさりて志ほそきは。かならずさきだちて死ぬ。其故は我身をば次になして。・男にもあれ女にもあれ。いたはしく思ふかたに。たま〳〵乞得たる物を先ゆづるによりて也。去ば親子ある者は定まれるならひにて。親ぞさき立て死にける。父母が命盡てふせるをしらずして。いとけなき子のその乳房に・すひつきつゝふせるなども有けり。仁和寺に慈尊院の大藏卿隆曉法印といふ人。かくしつゝ數もしらずしぬる事をかなしみて。聖をあまたかたらひつゝ。その首の見ゆるごとに。額に阿字を書て緣を結ばしむるわざをなむせられける。その人數をしらむとて四五兩月がほどかぞへたければ。京の中一條より南。九條より北。京極よりは西。朱雀よりは東。道の邊にある頭。すべて四万二千三百餘りなむ有ける。况や其前後に死ぬるものも多く。川原白川西の京。もろ〳〵の邊地などをくはへていはゞ。際限も有べからず。いかにいはむや諸國七道をや。近くは。崇德院の御位の時長承の比かとよ。かゝるためしは有けりと聞ど。その世のありさまはしらず。まのあたりいとめづらかに悲しかりし事也。又元曆二年の頃大なゐふる事侍りき。其樣よのつねならず。山はくづれて川をうづみ。海はかたぶきて陸をひたせり。土さけて水わきいで。いはほわれて谷にまろび入。渚こぐ船は波にたゞよひ。道行駒は足の立ど・まどはせり。况や都のほとりには。在々所々堂舍塔廟一としてまたからず。