ふきける事侍き。三四町をかけて吹まはるまゝに。其中にこもれる家ども。大なるもちいさきも一としてやぶれざるはなし。さながらひらにたふれたるもあり。けたはしらばかり殘れるもあり。又門のうへを吹はなちて。四五町が程にをき。又垣をふきはらひて隣とひとつになせり。いはむや家のうちのたからかずをつくして空にあがり。檜皮ぶき板の類ひ。冬の木のはの風に亂るゝがごとし。塵を姻のごとくふきたてたれば。すべて目も見えず。おびたゞしくなりどよむ音にものいふ聲も聞えず。彼地獄の業風なりとも。かばかりにこそはとぞおぼゆる。家の損亡するのみならず。是をとりつくろふ間に身をそこなひてかたわづけるもの數をしらず。此風ひつじさるの方にうつり行て。おほくの人の歎をなせり。辻風はつねに吹ものなれど。かゝる事やはある。たゞごとにあらず。さるべきもののさとしかなとぞうたがひ侍りし。又おなじ年の水無月の比。にはかに都遷侍りき。いと思ひの外なりし事也。大かた此京の始をきけば。嵯峨天皇の御時都とさだまりにけるより後。すでに四百・さいをへたり。ことなる故なくてたやすくあらたまるべくもあらねば。是を世の人たやすからず愁あへる樣ことはりにも過たり。されどとかくいふかひなくて。御門より始たてまつりて。大臣公卿悉攝津國難波の京に移り給ひぬ。世につかふる程の人誰かひとり故鄕に殘りをらむ。つかさくらゐに思ひをかけ。主君のかげをたのむ程の人は。一日なりともとく移らむとはげみあへり。ときをうしなひ世にあまされて期する所なき者は。愁ながらとまりをり。軒をあらそひし人のすまゐ。日を經つゝ荒行。家はこぼたれて淀