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せらるべし。代々武將の其例をもて義兵をおこし。朝敵に准じてすみやかに退治のさたに及べき事。理のをす所左右にあたはず。しからずは。はかりごとをとばりの中にめぐらして。いかにも前非を悔。承諾申やうに。うらおもてより計略有べきか。是又仁の道に有べし。それ又しからずは。私なき心をもて冥の照鑒にまかせられば。上裁を用ず雅意にまかせん强敵は。かならず自滅すること有て。俄に威勢を付奉る事。是又前蹤なきにあらず。しばらく時節到來をまたるべき歟。これらの進退よりのきは。ひとへに大將軍の所存に有べし。とかく人の申に及ばざる所也。
樵夫も王道を談ずといふは。いやしき木こりも王者のまつりごとをば語心也。今八ケ條をしるせる事は。八幡大菩薩の加護によりて大八嶋の國を治給ふべき詮要たるによりて。樵談治要とは名付侍る物なるべし。
常德院殿自筆御奧書
右此一册。一條殿御作者也。可㆑祕々々。
文明十三年十二月六日
自㆓御方御所樣㆒被㆑下也。
文明十四年七月五日
義覺御判
以下他本所載 義尙
自㆓大樹㆒政道詮要可㆓書進㆒之由示給之間。暫雖㆑令㆓斟酌㆒。及㆓度々㆒有㆓御催促㆒。仍此一卷書‐㆓出之㆒。文明十二年七月廿八日進‐㆓覽之㆒。奏者伊勢二郞左衞門尉也。其後以㆓御使㆒示給云。被㆑進㆓准后御方 ㆒之處。有㆓御一覽㆒被㆓褒美申㆒。能々可㆑被㆑守㆓此法㆒之由被㆑仰之間。一段令㆓祝着㆒給者也。同者外題可㆓書進㆒云々。則書㆑之付㆓御使㆒令㆓返進㆒訖。頗可㆑謂㆓眉目㆒者