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群書類從卷第三百三十五


紀行部九

富士紀行

贈大納言雅世卿


永享第四の年長月十日。公方樣富士御覽のために東國へ御下向あり。可供奉之旨兼日より被仰下。今曉まかり立侍りしに。相坂の關をこえ侍とて。

 思ひたつ心もうれしたひ衣きみか惠にあふさかのせき

今曉より雨はれて。空も心よくみえ侍しかば。

 秋の雨の遙々思ふふしのねはけさよりやかて空もへたてし

草津と申所にて。

 枕にはむすはてすきつ旅ころも草つの里の草の袂を

やす川にて。

 我君の御代にあふみちけふもはや渡る心ややす河の水

守山のほとり田のもはるかにみわたされて。

 しつのめか田面のいねをもる山の梢も今そ色付にける

かゞみやまをみて。

 老の坂はやこえかゝるかゝみ山今さらなにか立よりてみむ

十一日。いまだ夜ふかきに。老曾杜はこゝのあたりと申侍りしかば。

 明やらぬおいその杜の薄紅葉いまは夜ふかき色かとそ思ふ

山のまへとかや申所にて。

 しつのめか通ふいへゐも稀なるや麓は山のまへのたなはし

犬上と申里にて。

 をのつからとかめぬ里の犬上やとこの山風おさまれる世に

二本杉と申所にて。

 ふたもとの杉とて又もあふみちにふる河のへを思ひ出らし

不破のせきは苔むして。板びさしもしるしば