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 あふみ路や勢田長橋日もなかしいそかてわたれ春の旅人

そこはかとなく霞わたれる朝氣の程。畔を過侍るに。うねのなどはいづくなるらんと覺えて。

 春の田のうねのやいつこほのと霞にこめて明ぬ此よは

野路と申所にて。

 いつれにも春行旅の袖ふれん霞もふかき野路の朝露

草津を過侍るとて。

 分きつる春の草津の草若みかるまてもなく駒もすさめし

みな口の御とまりにて。

 水無口やけふの御影をやとすより行末遠き名に流つゝ

十八日。夜をこめての立侍りしに。殘月朧々たるに川音さやかに聞ゆ。

 行水の音はさやけき川せにも霞てよとむ有明の月

いはむろと申所あり。

 君もみよ千代をこめたる岩室の岩に生そふ松の齡を

土山といへる所あり。

 うこきなき名に顯るゝあらかねの土山こゆる御代の畏こさ

かどや坂とかやにて。

 心せよ關路の岩のかとや坂こえはかぬへき旅ならすとも

坂の下にて。

 神も又幾萬度むかふらん君か八千世のさかの下みち

鈴か山こえ侍るに。春深く明ていたれる中に。殘花一樹盛にて雪のやうにみえ侍りしを。

 鈴か山春もやすらふ關路とやふりはへ花の雪そ殘れる

とよく野はるとわけ侍るとて。

 君か代を先こそあふけ廣きのへ末遙なる道に出ても

あのゝつ近く成て。そこともわかぬ遠山。霞の隙々よりみゆ。

 いせの海の浦にはしほや滿ぬらん霞引たるあのゝ遠山

十九日。此御とまり夜ふかく立て。海の邊過侍るにうら風はげしくて。

 春なからいせをのあまのぬれ衣猶ひやゝかに浦風そ吹

雲津の里と申侍りし所にて。

 明やらぬ雲津の里の夕霞よそさへ深き春の色かな

星合の里とかやにて。