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なか和君の情をこがせり。翁ひめ天にあがりける時。帝の御ちぎりさすがにおぼえて。不死のくすりに歌をかきぐして。とゞめをきたり。其歌に云。

 今はとてあまのは衣きる時そ君をあはれとおもひ出ぬる

みかどこれを御覽じて。わすれがたみは見るもうらめしとて怨戀にたへず。靑鳥をとばし鴈札をかきそへてくすりをかへし給ひけり。其返事。

 あふことの淚にうかふ我身にはしなぬ藥もなにゝかはせん

使節智計をめぐらして。天にちかきところは此山にしかじとて。富士山にのぼりてやきあげければ。くすりも文もけぶりとむすぼまれて空にあがりけり。これより此みねに戀の煙をたてたり。何この山をば不死の峯といへり。しかるを郡の名に付て富士とかくにや。彼も仙女なり。これも仙女なり。ともに戀しき袖にたまれる。彼は死てさり。これはいきてさる。おなじく別てよるのころもをかへす。すべてむかしも今も好女は國をかたぶけ人をなやます。つゝしんで色にふけるべからず。

 あまつひめ戀しおもひのけふりとてたつやはかなき大空の雲

車返といふ所をすぐ。此ところは。もし蟷螂がみちにあたりて行人をとめけるか。又若遊兒が土城をつくりて孔子に答けるか。〈昔小童部の路中に小家を造て遊びけるに。孔子のとをるとて。車にあやうしそこのけといさめられけるに。小童部の云。車は家の有所をよぎて過べし。いまだ聞ず家の車にさる事をと。孔子これを聞て。くるまをめぐらしてかへりにけり。〉若又勝母の閭ならば。曾子にあらずとも誰もいかゞとをらん。〈曾子は孝ふかき人にて。不孝の者のゐたる所は。車をかへしてとをらず。〉嶮岨の地なれば大行路といひつべし。〈よの道はさかしくてよくくるまをくだく。〉されども騎馬の客なればうちつれて通りぬ。

 むかしたれこゝに車のわつらひてなかえを北にかけはしめけん

木瀨川の宿にとまりて萱屋の下にやすむ。又彼中納言和歌一首よみて。一筆の跡をとゞめ