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いほぬし

增基法師

いつばかりのことにかありけん。世をのがれて。こゝろのまゝにあらむとおもひて。世のなかにきゝときく所々。おかしきをたづねて心をやり。かつはたうときところおがみたてまつり。我身のつみをもほろぼさむとすイる人有けり。いほぬしとぞいひける。神無月の十日ばかり熊野へまうでけるに。人々もろともになどいふもの有けれど。我心ににたるもなかりければ。たゞ忍びてとうしひとりしてぞまうでける。京より出るやはたにまうでてとまりぬ。その夜月面白うて。松の稍に風すゞしくて。むしの聲もしのびやかに。鹿の音はるかにきこゆ。つねのすみかならぬ心地も。よのふけ行にあはれなり。げにかゝれば。神もすみ袷ふなめりと思ひて。

こゝにしもわきて出ける石淸水神の心をくみて知はや

それより二日といふ日の夕ぐれにすみよしにまうでつきぬ。みればはるかなる海にていとおもしろし。南には江ながれて。水鳥の樣々なるあそぶ。あまの家にやあらん。あし垣のやのいとちいさきともあり。秋の名殘夕ぐれのそらのけしきもたゞならずいとあはれなり。みやしろには庭も見えず。色々さまざまなるもみぢちりて冬ごもりたり。經などよみ聲して人しれずかくおもふ。

ときかけつ衣の玉は住のえの神さひにける松の梢に

かくてやしろにさぶらひていのり申やう。この世はいくばくにもあらず。水のあは草の露よりもはかなし。さきの世のつみをほろぼして。行末のぼだいをとらんとおもひ侍る心ふかうて。世をいとふこと。おもひ