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うまでもない。

 同年一一月八日の参議院厚生委員会における三人の療養所長の発言 (以下「三園長発言」という。) からも、スルフォン剤の著効を認識していたことざママ明らかなのである。例えば、当時の多磨全生園長林芳信は、「これは現在相当有効な薬ができまして (中略)ママ各療養所におきましても患者の状態が一変したと申してよろしいのでございます。(中略)ママ治療の問題はもう一歩進みますれば全治させることができるのではないかと思うのであります。只今も極く初期の患者でありますれば殆ど全治にまで導くことができておるような状態でございます。」と述べ、当時の菊池恵楓園長宮崎松記も、同旨の発言をしている。

 ㈡ 国際的な知見について

 当時の国際的な知見として重要な昭和二七年のWHO第一回らい専門委員会報告に照らすと、絶対隔離絶滅政策の違憲性・違法性は明らかであるが、厚生省は、この報告書を遅くとも昭和二八年七月には入手している。

 以上からすれば、厚生大臣は、昭和二八年時点において、スルフォン剤の治療効果及びそれを背景とした国際的なハンセン病政策について十分な認識を有していたのであり、違憲・違法の絶対隔離絶滅政策を継続したことにつき、故意があるというべきである。

 4 昭和二八年以降における厚生大臣の故意・過失

 ㈠ 昭和二八年以降も、我が国の絶対隔離絶滅政策に対して、見直しを迫る国際会議の決議やWHOの報告は数多くなされている。

 例えば、昭和三一年に開催されたマルタ騎士修道会によるローマ会議 (当時の藤楓協会濱野規矩雄常務理事、林芳信多磨全生園長、野島泰治大島青松園長が出席) においては、「らいの伝染性が低いこと及び医療により左右されうる疾病であること」を踏まえた上で、ハンセン病に対するすべての差別待遇的な法律が撤廃されるべきことが決議されている。ハンセン病に対する特別法が、ハンセン病患者に対する差別・偏見を助長し、ハンセン病患者の社会復帰を困難ならしめているというのが、このローマ決議の根底にある考え方である。

 また、昭和三三年に東京で開催された第七回国際らい学会の社会問題専門委員会では、①癩はいくつもある疾病の一つにすぎず、特別なものではなく、むしろ伝染しにくいものだという見地から、癩は常に特別なサービスを必要とする観念は打破されねらない、②政府が強制的収容政策をしいているのならば、それは廃棄されねばならないと決議されている。この決議を真摯に受け止めるならば、新法は廃止する以外になかったはずである。

 さらに、昭和三四年のWHO第二回らい専門委員会 (報告書は昭和三五年に発行) は、第七回国際らい学会の決議を踏まえ、WHOの新しい理念に基づいたハンセン病対策として、患者隔離政策に偏って療養所の運営・経営に終始していたハンセン病対策を廃し、一般保健医療活動の中でハンセン病対策を実施すること (Integration) を提唱し、ハンセン病に関する特別法の廃止を強調している。また療養所は、外来治療患者で反応期にある者や、足穿孔症などの合併症で専門的治療を要する者、理学療法や矯正手術の必要な後遺症患者の治療のため、患者が一時入所する場と位置付けられ、入所は短期間で可及的速やかに退所し、外来治療の場に移すこととされている。

 ㈡ 厚生大臣は、これらの決議や報告を検討してハンセン病政策の再検討を行うべきであったにもかかわらず、昭和二八年以降もハンセン病政策を変更することなく継続したのであり、この点につき、故意があるというべきである。

 第三 国会議員の責任

 一 国会議員の立法行為の違法性

 1 立法行為の国家賠償法上の違法性の判断基準

 最高裁第一小法廷昭和六〇年一一月二一日判決 (民集三九巻七号一五一二頁) は、国会議員の立法行為は、当該立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法行為を行うというごとき容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けない旨判示している。

 しかしながら、右判決は、在宅投票制度に関するものであり、右判決を引用するその後の最高裁判決も、社会権、参政権等に関するものであって、その射程は限定的に考えるべきであり、自由権を侵害する立法が問題となっている本件には妥当しない。

 本件においては、立法内容が違憲であれば、立法行為もまた国家賠償法上違法と評価すべきである。仮に、立法行為が国家賠償法上違法となるためには、立法内容そのものの違憲性以外に何らかの要件が必要であるとしても、本件においては、「憲法の一義的文言に違反する」という要件ではなく、「個別の国民に対する職務上の義務違反」という要件によって判断すべきである。

 2 昭和二八年まで旧法を廃止しなかった立法不作為について

 ㈠ 旧法の違憲性

  ⑴ 旧法の立法目的

 旧法の立法目的は、ハンセン病の伝染予防ではなく、ハンセン病患者の根絶という民族浄化論に基づくものであり、基本的人権の尊重を基本理念とする日本国憲法の下で、これが正当化される余地はないから、旧法が違憲であることは明らかである。

  ⑵ 憲法一八条違反

 憲法一八条は、奴隸的拘束を絶対的に禁止しているところ、旧法下における療養所入所者は、療養所からの外出を禁じられ、療養所職員の命令に服従を強いられ、これに違反すると問答無用で旧法四条ノ二 による懲戒処分が科せられるのであるから、これは奴隸的拘束以外の何ものでもない。

したがって、旧法は憲法一八条に違反している。

  ⑶ 憲法二二条一項違反

 旧法は、ハンセン病患者を強制的に療養所に収容し外出を禁ずる点において、憲法二二条一項が保障する居住・移転の自由を制限するものであるが、ハンセン病の感染力・発病力が極めて微弱であること、戦前において既に我が国におけるハンセン病は隔離とは無関係に終焉に向かっていたことなどからすれば、右制限は、ハンセン病予防という目的達成のための手段として必要最低限のものとは到底いえない。

 したがって、旧法は憲法二二条一項に違反している。

  ⑷ 憲法三一条違反

 適正手続を保障した憲法三一条は、行政手続に対しても適用があると解すべきところ、旧法三条の強制収容は、期間の定めなく居住、移転の自由を完全に奪うものであり、しかも、これを緊急に行うべき必要性が全くないにもかかわらず、ハンセン病患者に対する事前の告知・弁解・防御の機会を与える規定が設けられていないのであるから、憲法三一条に違反している。

 また、旧法四条ノ二の懲戒検束規定についても、不利益処分を科せられる入所者に告知・弁解・防御の機会を全く保障していない点で、憲法三一条に違反しているというべきである。

  ⑸ 憲法一三条違反

 旧法による無期限の強制隔離と外出制限は、ハンセン病患者を家族から切り離し、職業を奪い、教育を受ける機会や一般社会の中で人格を形成する機会を奪うものであり、これらを総合して憲法一三条の保障する幸福追求権の侵害と考えるべきである。そして、右権利の制限の合憲性判断基準は、立法目的が合理的なものであり、かつ、手段が目的達成のために必要最小限のものであるかという厳格な基準によるべきであるが、既に検討したところからも明らかなように、旧法による権利の制限が感染予防という目的達成のための必要最低限のものであるとは到底いえない。

 したがって、旧法は憲法一三条にも違反している。

  ⑹ 憲法一四条一項違反

 ハンセン病と診断され療養所に入所したことのある者という立場は、憲法一四条一項にいう「社会的身分」に当たるというべきであり、旧法は、この身分による不合理な差別的取扱いをするものであるから、憲法一四条一項にも違反している。

 ㈡ 立法不作為の国家賠償法上の違法性

 自由権を侵害する法律を放置する立法不作為の場合においては、基本的にはその法律の内容が違憲であれば、立法不作為もまた国家賠償法上の違法と考えるべきであるから、旧法を昭和二二年以降廃止しなかった国会の行為は、それだけでも国家賠償法上違法と評価されねばならない。

 しかも、本件においては、以下の点を指摘することができる。

  ⑴ まず、戦前に栗生楽泉園特別病室において苛烈な人権侵害が行われていたことが、昭和二二年一一月の衆議院厚生委員会で取り上げられており、旧法下における人権侵害の事実が国会において明らかになっていた。

  ⑵ また、昭和二三年一一月二七日、国立らい療養所の在園者三二七六名が、衆議院に対して、旧法の改廃等を求める請願を行っており、これに対し、東龍太郎厚生省医務局長も、衆議院厚生委員会において、スルフォン剤の登場により、終生の隔離政策の見直しを示唆する答弁をした。

 これらからすれば、国会は、旧法を廃止すべきことを認識し得たのであり、にもかかわらず、旧法を昭和二八年まで廃止せずに放置した点には、国会議員としての職務上の義務違反があるというべきである。

 3 新法制定について

 ㈠ 新法の違憲性

 新法は、絶対隔離絶滅政策を戦後も継続することを確認するためのものであって、ハンセン病患者に対し療養所への入所を強制していること、退所の規定がないこと等、基本的構造は、旧法と変わっていない。したがって、新法も、旧法と同様、過度に人権を制約するものであり、違憲である。

 ㈡ 新法制定の国家賠償法上の違法性

 自由権を制約する法律を制定する場合においては、基本的にはその法律の内容が違憲であれば、立法行為も国家賠償法上の違法と考えるべきであるが、本件では、さらに次の事情を指摘することができる。

 すなわち、新法は、全患協の激烈な反対に抗して制定されたということである。国会議員は、この法律が、療養所入所者らの人権を制約する法律であることを明確に意識しながらあえて立法行為を行ったのである。この行為が、国会議員としての職務上の義務に違反していることは明らかである。

 4 新法を昭和二八年以降廃止しなかつた立法不作為について

 新法が違憲である以上、新法を昭和二八年以降廃止しなかった立法不作為も国家賠償法上違法というべきである。このことは、新法附帯決議や昭和二八年以降のらい予防法の見直しを迫る国際会議の決議、WHOの報告等からすれば、一層明らかである。

 二 国会議員の故意・過失

 1 昭和二八年まで旧法を廃止しなかった立法不作為について

 そもそもハンセン病の伝染力が極めて微弱であることは、旧法以前から分かっていたことであり、また、ハンセン病患者に対して旧法による絶滅政策をもって臨むのは、伝染予防目的をはるかに超えた民族浄化論に基づくものなのであるから、旧法による人権侵害が憲法上許容される余地はない。また、日本におけるハンセン病が隔離と無関係に終焉に向かっていたことは、データさえ見ればだれにでも明らかなことであり、ハンセン病予防のために旧法が不必要なことも容易に認識できたはずである。

 さらに、当時の国会内の議論だけを見ても、①栗生楽泉園特別病室事件、②癩予防法廃止の請願、③右請願に対する東政府委員答弁などがあるのであって、旧法が違憲