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何らの裏付けもない。何らかの理由で、新法の条文を読んだ者が何らかの誤解をしたとしても、極めてまれな例外的事例であり、これも通常はすぐに誤解が解けるものである。これをもって、法が差別や偏見を次々と作り出していったかのように評価をすることはできないことはいうまでもない。

 二 仮に、法の存在そのものによって原告らに何らかの被害があったとしても、直ちに、国会議員の行為による国家賠償法上の責任が生ずるわけではない。

 国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けるものではない (前記最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決参照)。

 三 昭和二二年から昭和二八年まで旧法を廃止しなかった不作為及び昭和二八年新法制定行為の違法性

 新法制定当時の日本におけるハンセン病に関する医学的知見、社会的認識からすれば、伝染病予防の見地から、伝染のおそれのあるハンセン病患者に対し一定の自由の制限を課し、その代わり療養費や家族に対する生活費の支給をする等の福祉的措置を講ずることを主な内容とする旧法及び新法は、その内容において合理性を有し、憲法にも適合していた。なお、WHOの勧告等が念頭に置いている地域と日本とではハンセン病患者をとりまく客観的条件が全く異なり、また、当時、プロミン、DDSによって完全に感染性を失わせることができる旨の知見は確立していなかった。少なくとも、旧法及び新法の内容が一義的に憲法の条文に違反していることが当時の国会議員にとって明らかであったとはいえない。

 四 昭和二八年以降平成八年まで新法を廃止しなかった不作為の違法性

 1 医学専門家からの意見がなかったこと

 公衆衛生立法については、医学専門家による医学的知見が極めて重要であり、右専門家から新法に定める予防対策は医学的根拠を欠くに至った旨の知見の表明がない場合には、国会議員にとって当該条文が一義的に憲法に違反しているかどうかを判断することは極めて困難である。日本らい学会等のハンセン病に関する専門家が、予防措置は不要であるとして医学的知見に基づく政策変更の提言をしたのは平成七年のことであるから、それ以前に、国会議員が法廃止の必要性を判断できなかったとしてもやむを得ない。

 2 医学的知見の変遷と法律の適用可能

 治療薬の改善発達や社会経済状態の発達によって、ハンセン病を伝染させるおそれがあり、らい予防上入所を勧める必要のある患者 (新法六条一項) が減少した。また、社会経済状態の発達に伴い新規患者がほとんど発生しなくなった。

 そこで、新法六条一項の要件を具備する患者がほとんどいなくなり、同項は対象者がいないという理由で適用されない状態と伝染のおそれがあり、予防上隔離の必要のあるハンセン病患者がいなくなった状況の下では、新法六条は適用の余地がなくなるわけであるから、適用の余地のない条文がいくら存在したとしても、一義的に憲法の条文に明白に違反するとはいえず、また、そのことがハンセン病患者の人権を侵害しているともいえない。したがって、右のような条文を廃止しなかった国会議員の行為が、国家賠償法上違法となることはな従業禁止 (七条) や汚染場所の消毒 (八条)、物件の消毒 (九条)、物件の移転の制限規定 (一八条) の規定についても、適用する場面がなくなってきたことは同様である。

 また、外出制限の対象は、「入所患者」であるが (一五条一項)、新法六条の規定 からすれば、ハンセン病が治癒し他人への感染のおそれのなくなった者は、本来同法一五条にいう「入所患者」ではない。したがって、これらの者は、この規定による外出制限を受けることがなく、同条は理論的には適用の余地がなくなっていた。

 しかし、現に療養所に入所している事実があるのに、新法の「入所患者」に全く当たらないというのは、入所者の福祉、介護等の根拠として新法を利用している関係上困難であった。そこで、一応、形式的には入所者を「入所患者」に含めた上、全く法的に外出を制限しない運用をすることにしていた。このことは入所者にとっても周知の事実であった。これらの事実は、法的にみれば、療養所側が、すべての入所者に対し、新法一五条一項一号の外出許可事由があり、かつ、らい予防上重大な支障を来すおそれがないとして、事前に包括的に外出を認める体制を採っていたと評価すべきものである。

 したがって、新法一五条は、本来、適用の余地がなくなっており、形式的に適用されても、全く外出を制限しないものとして運用されていたのであるから、国会議員が法廃止をしなかったことにつき、国家賠償法上の違法があるとはいえない。

 同様に、懲戒処分を科し得る規定があること自体が、憲法の条文に一義的に違反していることが明白であるとはいえない。

 優生保護法のらい条項についても、制定当時の医学的知見に反しておらず、また、被施術者の同意を絶対的条件になっていたのであり、憲法の条文に一義的に違反しているとはいえない。

 3 新法の存在意義について

 療養所は、菌陰性者の増加等に伴い、専ら福祉施設及びハンセン病本病以外の医療施設、介護施設となり、予防のための隔離施設としての意味合いは著しく後退し、なくなった。右の療養所の実体の変遷を踏まえ、新法を廃止し、福祉施設等としての療養所の根拠法を新たに制定することも理論的には考えられた。しかし、隔離措置を置く法を廃止することあるいは隔離措置のみを削除することは、療養所を生活の場、福祉や介護のよりどころとする入所者にとっての隔離措置の代償としての療養を失いかねない死活問題であり、入所者団体も、新法の廃止後も入所者の処遇の維持をなし得るとの保証がない限り、右厚遇の根拠となっている新法の廃止に消極的であった。入所者には、予防のための隔離をする必要のないハンセン病の元患者が、他の福祉施設の入所者よりも厚遇されることについて国民の理解と支持が得られるかという不安が常にあり、右の保証が得られるまで、新法 (特に隔離条項) を存続させることに積極的意義があった。そして、これは、厚生省を始め、関係者の共通の認識であった。その後も、入所者の減少、新規患者の減少などに伴って、ハンセン病予防対策の施策としての重要度の低下などがあったため、新法に関する議論がされることもなく、右の入所者に対する厚遇の根拠・理論付けや、これを正当化する国民的コンセンサスが調うことはなかった。

 他方、遅くとも昭和五三年以降、入所者に対する関係では新法の人権制約的規定は適用の余地がないか、存在しないに等しい運用が政策的に実施されていた。また、法の存在によって、ハンセン病が予防措置の必要な病であるとの誤解を生ずる可能性も観念的には考えられたが、ハンセン病患者が著しく減少し、また、ほとんどの人が法の存在を知らない状況の下では、新法の存続自体による具体的な実害があるとは関係者に認識されていなかった。

 ところで、新法廃止とともに、それまでの入所者の処遇の水準を維持することを保障した法律を制定することは、社会福祉立法をすることになる。社会福祉立法は、その時々の財政状況、社会状況、他の疾病に対する施策との均衡等の様々な事項を総合的に考慮しなければならない問題であって、高度の立法裁量の問題と不可分である。なお、新法を存続させながら、隔離条項のみを削除する内容の法改正は、自由の制限という予防法としての本質を失わせ、このような制限規定があるがために特段の各種福祉的措置を採り得るという新法の建前を崩すことになるから、法廃止とともに社会福祉立法をするのと同様の結果をもたらすことになる。

 法の存在による利害得失を総合考慮すると、国会議員が、本来、高度の立法裁量事項であり、右の福祉立法の議論を必然的に伴う新法の廃止をしなかつたからといって、国家賠償法上の違法性があるということにはならない。

 4 旧法及び新法等による損害を塡補し、差別、偏見を一掃する立法義務違反について

 旧法及び新法等による損害が生じていないのは前述のとおりである。仮に、損害が生じていたとしても、国会議員には右損害を立法をもって塡補しなければならない国家賠償法上の義務はない。また、国会議員に、個々の国民に対する国家賠償法上の義務として差別、偏見除去義務がないのは、行政について述べたところと同様である。


第二節 除斥期間について


 (被告の主張)

 国家賠償請求権については、国家賠償法四条により、民法七二四条が適用されるところ、同条後段は、不法行為をめぐる法律関係を一定期間の経過によって画一的に確定させるため、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当である (最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁)。

 そうすると、原告らが本件訴えを提起した時点 (原告一番から一三番については平成一〇年七月三一日、同一四番から三一番については同年九月ニ九日、同三二番から四五番については同年一二月八日、同四六番から一二七番については平成一一年三月二九日) から二〇年前の日 (原告一番から一三番については昭和五三年七月三〇日、同一四番から三一番については同年九月二八日、同三二番から四五番については同年一二月七日、同四六番から一二七番については昭和五四年三月二八日) 以前の行為を理由とした国家賠償請求権が仮に発生していたとしても、民法七二四条後段により消減している。

 (原告らの主張)

第一 除斥期間の起算点について

 一 本件の加害行為は、国家賠償法施行前から新法廃止まで、被告によって行われた一連一体のハンセン病政策の策定・遂行である。この加害行為は、継続性を有する不法行為であることはもちろんのこと、ハンセン病患者の根絶という一貫した政策目的の下に、新法を統一的な法的根拠として、収容施設への隔離による社会との隔絶という監禁ないし不法抑留類似行為を主たる柱として行われてきたという意味において、一体性を有するということができる。

 このような継続的かつ一体的な不法行為における民法七二四条後段の期間の起算点については、加害行為終了時と解すべきである。これまでの裁判例を見ても、例えば、クロム労災訴訟につき東京地裁昭和五六年九月二八日判決が同様に解しているほか、関西水俣病訴訟大阪地裁平成六年七月一一日判決も、加害行為終了時を除斥期間の起算点である「不法行為ノ時」と事実上推定する旨判示している。

 本件における加害行為の終了は、新法が廃止された平成八年四月一日以降であるから、この時点が起算点となるのである。

 二 また、本件における原告らの損害は、違憲の法律と強制隔離政策によって、 半世紀を超えて不法に施設内に抑留 (隔離) され、あるいは社会内にあって、排除され続けたというものであり、人間生活全般における自由一切を剝奪された包括的損害である。そして、これは、継続的な不法行為によって、継続的に侵害され続けた損害であるとともに、長期間にわたって進行