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た。

 おい健坊、每日退󠄁屈だらう、少し俺達󠄁と娑婆へ出てみねえか、とボスは每朝󠄁の出かママけにきまつて彼に聲をかけた。初めは山田さんで言葉も丁寧だつたのが健治さんになり、三十日許りたつて彼の呼稱が健坊になつて、それがどうやらボスの氣に入つたらしく、それからはずつとさう呼んだ。娑婆か、成程󠄁、するとこゝはやつぱり魔󠄁界か地獄つて譯だ、と感心して健治はその度にボスの言葉につられかけるのだつた。そして或る朝󠄁とう彼は二人に從つて行くことにしたのである。健治はその頃ではボスの商賣がケコミといふので何をするのか知つていた。この外に浮󠄁浪患の仕事にはヘタリとか、カツパとかクリスとかいふものがあることをも彼はボスから敎へられてゐた。

 街へ出るとボスは、制服󠄁の健治を道󠄁具󠄁にして美事に仕事をしてのけた。この方は東京に苦學してゐたのですがこんな不幸な病氣にとつゝかれて鄕里に歸り度いにも費はなし、惡いと知りつゝ無錢乘車をしたのですが發覺してこゝで降され途󠄁方に暮れてゐるです。どうか熊本まで歸る費を惠んでやつて下さいませ。とボスは情󠄁を込󠄁めて云ふのである。健治は側で聞いてゐて顏から火が出さうに恥かしかつた。が首尾はよかつた。夫人が引込󠄁むとすぐに女中が金一封を持つて來てくれた。どうだいうまいもんだらう。門を出る時ボスは卑しく笑つて云つた。たしかにボロいもんだ、封を切ると三圓出た。それから同じ調子で數軒廻󠄀つた。中にははねつける家もあつたがとに角さうした晝食󠄁は裏町に世帶を持つてゐる患の所󠄁で婆婆の御馳走にありつき、夕方はまた酒まで飮んで、その上オヒメに土產まで買つて尚󠄁七、八圓の殘金をもつて二人は歸つて來たのである。朝󠄁別れたヤツコもどこをどううろついて來たのか殆んど同時に歸つて來た。

 ボスとヤツコはあの裏町の家へよく行くらしく、そして其處では賭博などもやるらしく二人は夜そんな話をすることもあった。併しこの二人は案外無口で常にあまり口をきかなかつた。オヒメはボスの情󠄁婦でゞもあるらしく、ボスは彼女をよくいたはつた。そして蛸頭のボスが夜中などいつの間にか自分の床を拔けて彼女の寢床へ入り込󠄁んでゐることがよくあつた。そんな時健治の隣りに寢ているヤツコが又󠄂大抵眼を醒まして、太息をしたり、變な呟拂ひをしたりした。

 五十日ばかり經つた頃、健治はボスとヤツコとの新しい計畫について聞かされた。それはリヤカーに屋臺を作り、その中にオヒメを乘せて犬に曳かせ、蝸虫のやうに全󠄁國を步