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南窓の力ーテンの蔭に入った。派手な柄の着物の裾から足だけが力ーテンの下に現れていた。其処へ昨夜と同じ服装で柚崎がひょっこり入って来た。

「いらっしゃい」

 年増の女給はそう云って立つ代りに南窓の方へ眼を移した。年若いのも、柚崎もすぐにその視線を追ってカーテンの裾に現れている千耶子の腿のあたりから下を見やった。

 年増はすぐに視線を反らして、若いのと顔をみ合せて卑しく笑み交した。

「千耶ちゃん」

 それにはかまわず、柚崎はやさしく呼びかけた。千耶子は突然な柚崎の声にとまどった返事をし乍らそそくさと出て来た。彼女の瞼は紅く泣き腫れていた。

「泣いたんだね、どしたんだい?」

 柚崎はすぐに問いかけた。千耶子は強いて微笑を作ろうとして口を歪め乍ら、周章てて手紙を差し込んだ帯のあたりを気にして手で押さえていた。その手を外れて便箋紙の端がのぞいていた。

「何だい、そりゃあ…………」

 柚崎は目ざとく見つけて云った。千耶子は驚いて隠そうと手を辷らした、けれどもその時には手紙はもう柚崎の手に握られていた。柚崎は斯うしたことにかけても相当な腕利きだった。

「いけないわそれ……読んじゃだめよ、いけないわ、ねえ、返してよ、返して……」

 彼女は必死に取返そうと焦った。

「いいじゃないか、見せ給え」

 柚崎は落ちついた調子で片手に彼女をあしらい乍ら、片手に高く手紙を拡げからかうように拾い読みをしていた。

「何でもないのよ………そんなもの読んじゃだめよ、ねえ、ねえ、返して……」

「待て、待て………」

 夢中でからみかかる千耶子と争い乍ら、段々真顔になって、一枚だけあらまし読んだ頃柚崎は急に血相変えて「エエ!」とか何とか口の中で叫んで、鎚りつく千耶子を振り切って便箋を摑んだまま外へ飛び出した。ふり倒された千耶子は周章て後を追うとしたが、遠く走り去った彼の後姿を見て、声も立て得ずタタキの上へ泣き伏してしまった。外の女達がしきりに労ったが彼女は何時迄も立とうとはしなかった。


4


 まるで夢中に急いで来た柚崎は辻の明るい街燈の下で歩みを止めて、堅く握ったままポケットに突込んでいた手紙を出し、念入りに読んでいった。彼の両手は緊張し切って微かに震え、色白な顔は無気味に蒼ざめて堅くひき結んだ口のあたりを痙攣させていた。


――千耶ちゃん、永い間御世話になってすみませんでした。男が二十三才にもなって尚他人の扶助が無 くては生きられないと云うことは本当に悲しいことです。私はどうにかして自分のことは自分で出来る ようになりたいと思って随分考えました。けれども不治の病を持つ身です。どうにもなりませんでした。 それでもせめて文学で、と思って懸命に努力して来ました。けれどもそれももうだめです。私には何も かもわかりました。この前便りを戴いたのは六ケ月も前でした。この六ケ月の間私がどんなに苦しい生 活をしたか貴女には想像も及ばないことでしょう。月二円か三円、私は世の不況も知っています。けれ