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刻である(時として休職処分などの法律上(国家公務員法七九条、地方公務員法二八条二項二号など)ないしは契約上(民間企業における雇用契約や労働協約などにこの種の定めがある場合)の不利益処分を受ける場合もあるのである。)から、公訴の提起、追行にあたっては、検察官の主観においてはもちろん、客観的にも犯罪の嫌疑が十分で、有罪判決を期待しうる合理的根拠の存することが必要である。そして、犯罪の嫌疑が十分で、有罪判決を期待しうる合理的根拠が存するか否かは、当該刑事事件において裁判所に提出された資料のみならず、公訴の提起、追行の各段階において検察官が入手しているすべての資料及び将来入手することが期待される資料を十分検討して判断すべきである。
 3 検察官が、刑事事件について捜査し、公訴を提起し追行するのは、公益の代表者として行なうのであるから、検察官は、被疑者・被告人の正当な利益をも擁護する職責を有するものであり、したがって、被疑者を取り調べるに際し、その罪責が明白になるまでは清白の人として処遇すべきであるは勿論、被疑者の弁明についてはあらゆる角度から(換言すれば被疑者の有利の面からも)、周密に徹底して取り調べる必要がある。また、公訴の提起は、捜査の一応の終了を意味するのであるから、検察官は、前記職責に照らし、起訴・不起訴を決するにあたっても、偏見を去り、予断を避け、穏健中立の立場で、収集した証拠を公正に吟味して事案の真相を究明したうえで事を決しなければならず、検察官が被疑者の有利な弁解に耳を傾けず、不利な証拠を過信し、物証の取り調べの徹底を欠き,そのために事実の判断を誤まり、無辜を起訴するようなことは絶対に許されないところである。検察官が、右の立場から、全ての証拠を吟味して、なおかつ事実の判断に苦慮する事案においては、刑事司法の基本理念である「疑わしきは被告人の利益に」との大原則に則り、起訴を差し控えるべきであって、蛮勇を振って起訴に踏み切るべきではない。かかる場合には検察官は、その職責上、「一〇人の罪人を逃がすとも一人の無辜を罰する勿れ」の法格言に思いを至すべきである。検察官の公訴提起に右に述べ来たった職務上の違法行為があった場合には、その違法は刑事司法の根幹に関わる重大な違法であって、その違法な公訴提起の結果として、裁判所において有罪判決がなされ、これが確定したからといって決してその違法が治癒されるものではない。無辜の被告人は、その結果、刑に服する事になるのであるから、その違法は持続・拡大こそすれ、治癒されることがないことは明白である
 4 以上の見地から、本件においては、まず公訴提起の違法性及び過失ならびに公訴追行の違法性及び過失の有無について検討する

三 公訴提起の違法性及び過失

1 本件白靴に関する鑑定について

 《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。
 ㈠ 本件白靴は、以前原告隆の父〔丁2〕が使用していたものであり、その後長年使用せずに放置されていたため、原告隆は、昭和二四年七月上旬ころ、これを〔乙8〕靴屋に修理に出し、それが四、五日ですんだので、以後これを受け取って常用し、本件発生当時の同年八月六日ころも外出する際にはよくこれを使用していたこと、同月二一日午後六時ころ、青森県弘前市亀ノ甲町〔略〕所在の〔乙4〕方を訪れたときもこれを履いて行ったが、帰宅しようとした同日午後九時ころには雨が降っていたため、本件白靴を同人方に預け下駄とかさを借りて帰宅したこと、同日午後一一時ころ、弘前市警察署巡査〔丙4〕は〔乙4〕方を訪れ、本件白靴に血痕らしいものが付着していることを発見し、これを〔乙4〕の妻の承諾を得て借り受け、弘前市警察署へ持ち帰ったこと、翌二二日付で本件白靴の領置手続がとられたこと、その当時における本件白靴は、表面が白色のズック製二重布で、紐穴が五箇ずつ二列に付いており、そこに一本の紐が通してあったこと、靴底は皮製で右踵の下半分と左踵の右半分には鉄片各一個が打ちつけられてあり、その部分にいずれも補修された跡が残存していたこと、左足の靴底で拇指があたる部分には楕円形状にゴムが貼りつけられ修理されていたこと。
 ㈡ 昭和二四年八月二一日午後一一時ころ、弘前市警察署の山本正太郎署長、〔丙5〕巡査部長、〔丙4〕巡査は、本件白靴を当時弘前市公安委員をしていた開業医松木明のもとへ持参し、血液が付着しているか否かの検査を依頼したこと、松木医師は、同日午後一一時ころから翌二二日午前二時ころまでの間、右靴の紐の部分の斑痕は血液であり、しかも人血であるが、血液型の判別は不能であるとの結果を得たこと、当時本件捜査を応援するために国家地方警察青森県本部から弘前市警察署に派遣され、署長及び捜査課長〔丙6〕警部の下で捜査の指揮の手伝い等の任にあたっていた〔丙12〕警部は、同日午前九時ころ、右検査結果の報告を受け、これを本件を担当していた青森地方検察庁弘前支部検察官沖中益太(以下「沖中検事」ともいう。)に報告したところ、同検事に血液型を確認する必要がある旨指摘されたうえ、同日朝の捜査会議においても血液型不明のまま逮捕状を請求するのはおかしいとの意見が出されたので、弘前市警察署鑑識課技手〔丙〕に血液型を調べるよう指示したこと、そこで、〔丙〕技手は、本件白靴を松木医師宅に持参し、松木医師とともに同日午前九時ころから同日午後三時ころまで検査した結果、血液型はB型であることが判明したこと、〔丙12〕警部は本件白靴にB型の血液が付着していたとの報告を受けるや、直ちに山本署長、〔丙6〕捜査課長らに報告し、次いで沖中検事にも報告し、併せて同検事に逮捕状請求の了承を得る一方、〔丙〕技手に松木医師とともに行なった前記検査結果を報告書(その標題は明らかでない。)の形式で書