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近を切りとって行なうことは通常考え難いことであり、Q式検査等も経験のないものがはじめてやっても十分にやれるうえ、鑑定書の作成年月日が不正確であっても鑑定結果には何ら影響を及ぼすものではなく、ましてやメモ的なものを適当に鑑定書に書き直したので誤りが生じたのは仕方のないことであるなどといった主張を繰り返し、被告に都合の良い構成をしようとする。 しかし、実際は昭和二四年八月二二日か二三日に鑑定したことを「昭和二四年一〇月一七日午後四時に着手し、同一八日午後四時に終った。」と記載するに至っては、鑑定人が有罪判決確定まで一言もこのようなことに言及していなかっただけに、この主張自体、被告が本気で行なっているのであろうかと疑わずにはいられない。刑事裁判において国の権力を行使する立場にある検察官がこの程度の鑑定書をもって人を訴追し、処罰するということが平然と行なわれているということであろうか。
 3 二回にわたる鑑定結果を一回の鑑定結果として記載するなど極めて軽率かつ稚拙であったため誤記等を多々生ずることとなり、また松木医師もこれに十分検討を加えなかったため、右誤記等を発見するにいたらず、メモ程度のものを鑑定書としたうえ、他人に署名させてこれを提出させたということが事実であったとするならば、正にそのようなことを平然と行なわしめた検察官の責任もまた重大であるといわなければならない。
 以上のとおり、被告の主張は、刑事裁判の原則を無視した暴論であり、全面的に争う。

第三 証拠

《略》

理由

   請求原因1の㈠ないし㈢の事実については当事者間に争いのない事実に《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、
 原告隆は、大正一二年九月一一日、青森県青森市大字造道〔字以下略〕において、亡父〔丁2〕および母とみの二男として出生し、昭和二四年八月六日午後一一時過ぎころ、弘前大学教授松永藤雄の妻〔甲〕が殺害された事件(いわゆる弘前大学教授夫人殺し事件、以下「本件」という。)が発生した当時、満二五歳の青年であったこと、同原告は、同月二二日、右殺人事件の被疑者として逮捕、勾留された後、鑑定留置され、さらに別件である銃砲等所持禁止令違反の罪によっても逮捕、勾留されたほか、前記殺人の罪により再逮捕されたうえ身柄を拘束されたまま、同年一〇年二四日、別紙㈡記載の公訴事実により青森地方裁判所弘前支部に公訴を提起されたこと、原一審裁判所は、昭和二六年一月一二日、原告隆に対する殺人の点につき無罪の判決を、銃砲等素地禁止令違反の点については罰金五〇〇〇円に処する旨の判決を言い渡したこと、そのため、原告隆は同日釈放されたが、同判決に対し検察官から控訴がなされたこと、原二審裁判所は、昭和二七年五月三一日、原判決を破棄し、殺人及び銃砲等所持禁止令違反の罪につき原告隆を懲役一五年に処する判決を言い渡したため、同原告は上告したが、これが容れられず、昭和二八年二月一九日上告棄却の判決がなされ、前記有罪判決は同年三月三日確定したこと、この間、原告隆は、前記有罪判決が言い渡された後の昭和二七年六月五日から再び拘禁され、以来この状態は出獄する昭和三八年一月八日まで続いたこと、原告隆は、昭和四六年五月末ころ、本件の真犯人であると名乗り出た者がいることを知り、同年七月一三日、殺人に関する有罪判決について、仙台高等裁判所に対し再審請求を行い、昭和四九年一二月一三日、右再審請求は一度は棄却されたものの、これに対する異議申し立てにより、昭和五一年七月一三日、再審開始決定を得たこと、再審公判における審理の結果、再審裁判所は、昭和五二年二月一五日、殺人の点に関する原一審裁判所の無罪判決に対する検察官の控訴を棄却し、右判決は同年三月二日確定し、ここに原告隆に対する殺人の点に関する無罪が確定したこと、右判決において、本件の真犯人は〔己〕こと〔己〕であると断定されたこと。
 以上のことが認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

   そこで、被告の責任について検討する
 1 原告らは、被告の責任として、捜査、訴追、裁判各機関の不法行為を主張するが、以下においては、まず訴追機関(検察官)の不法行為として主張されているもののうち、公訴の提起、追行の違法性及び故意・過失について判断する
 2 ところで、検察官による公訴の提起とその追行は、刑事事件において単に無罪の判決が確定したというだけで直ちにそれが違法となるものではない。けだし、控訴の提起は、特定の被告人がなした特定の犯罪事実について、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示を内容とする訴訟行為であるから、公訴提起時における検察官の心証としては、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、公訴提起時における各種の検察官手持証拠資料および将来入手することが期待される証拠資料を総合勘案して合理的な判断をなし、その結果有罪判決を期待しうる可能性のあることが必要であり、またそれで足りるからである(最高裁判所昭和五三年一〇年二〇日判決、民集三二巻七号一三六七頁参照)。しかしながら、公訴の提起あるいは公訴追行の各段階において、公訴事実について証拠上合理的な疑問点が存在し、有罪判決を期待しうる可能性が乏しいにもかかわらず、あえて公訴を提起、追行した場合には、その公訴の提起、追行は違法となるものと解するのが相当である。すなわち、理論的には「被告人は有罪の判決があるまでは無罪と推定される」とはいえ、我が国の現実においては、検察官による公訴の提起、追行により被告人とされた者が社会的に受ける不利益は深