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偽造が発覚することを恐れて偏執な尋問態度をとり続けるなど、訴訟追行の過程において、真実が解明されることを妨げる行為を繰り返し、誤判の原因を作った。

    以上のとおり、青森地方検察庁弘前支部検察官は、原告隆が殺人の件につき無実であることを知りながら、または、通常の検察官に要求される職務上の注意義務を尽して証拠を検討すれば、同原告が無実であることを容易に知りえたのに、これを怠り、逮捕、勾留、鑑定留置等を繰り返したうえ、これに基づく公訴の提起とその追行等の違法行為をなしたほか、証拠のねつ造を知り、または法律家として最少限度の注意をもってすれば容易に知りうる立場にありながら、これを看過してこれらの証拠を法廷に提出し、他方、重要な証拠を隠匿するなどの違法行為を重ね、誤判の原因を作り出した。これら検察官の不法行為は、本件誤判原因の基本的なものである。

㈣ 裁判所の不法行為

  ⑴ 原二審裁判所は、原一審裁判所の無罪判決に深く考察を加えるべきところ、予断と偏見にとらわれ、(イ)本件白シャツの血痕に関する疑惑や鑑定人の偏った態度に気付かず、これらを看過し、(ロ)本件白靴の斑痕についての考察も行なわず、(ハ)動機や目撃者に関する証拠も十分に検討しないなど自由心証の範囲を大きく逸脱し、結局原告隆を犯人とすべき証拠が何一つ存在しなかったのに、これに気付かず、有罪の認定をした。これは、通常の裁判官であればなさなかったであろう経験則を著しく逸脱した事実認定であるから、原二審裁判所は、その職務遂行につき、注意義務を怠った過失があったものといわなければならない。
  ⑵ さらに、上告裁判所が本件につき判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反することを看過し、上告を棄却したことも過失によるものである。

 被告は、捜査、訴追、裁判各機関の職務上の不法行為について責任を負う立場にあるものであるから、国家賠償法一条により、原告らの被った損害を賠償する責任がある。

3 損害
㈠ 原告隆
⑴ 逸失利益

 原告隆は、逮捕された昭和二四年八月二二日当時、二五歳の独身青年であった。旧制中学校を卒業している同人は、当時無職ではあったが、試験を受けた上で就職すべくその申込みをし、待機中であったから、本件での災難にあわなければ、昭和二四年八月二二日から仮出獄した昭和三八年一月八日までの間、通常の形で稼働し相応の収入を得ることができたはずである。この間の逸失利益の計算方法としては、昭和二四年九月以降の賃金センサスを基礎に年毎の逸失利益を算定し、これに遅延損害金を付して総額を算出するのが通常であるが、本件においては、昭和二四年以降の賃金センサス等の資料不足と大幅な貨幣価値の変動という特殊事情があるため、通常の計算方法は妥当しない。本件のように冤罪で二八年間も社会的経済的活動を否定されてきた者がその獄中にあった期間の逸失利益とその運用の可能性を考えるに当っては、このような請求権が具体的に発生した時点で平均的社会人として稼働すれば得られるであろう賞金の総額として計算する方法、すなわち、昭和二四年九月から昭和三八年一月までの間に稼働すれば得られるであろう賃金を無罪が確定した昭和五二年に一気に補償したとするならば、どのような賃金を得ることができるかという観点から算出するのが最も妥当な方法である。この方法で、労働省労働大臣官房統計情報部編労働統計要覧(一九七七年版)の旧制中学校卒業の管理・事務・技術労働者(男)の平均現金給与額表をもとに計算すると、次のとおりであるが、本件では内金として金三四二四万二七〇〇円を請求する。

(イ) 二七歳から二九歳までの三年間 金六一六万六五〇〇円
(ロ) 三〇歳から二四歳までの五年間 金一三〇一万八〇〇〇円
(ハ) 三五歳から三九歳までの五年間 金一四七六万五〇〇〇円
(ニ) 四〇歳までの五か月間 金一三五万一〇〇〇円
(ホ) 合計 金三五三〇万〇五〇〇円
⑵ 慰籍料

 原告隆は、昭和二四年八月二二日逮捕されてから昭和三八年一月八日まで拘禁生活を余儀なくされ、さらに昭和五二年三月一日まで殺人者の汚名を着て、社会生活においてもひっそくした生活を強いられたが、この間に同人が失ったものはもはや取り返しがつかない。また、同原告は、昭和三八年一月に出所後稼働したが、高年齢になってからの就職であったため、同年齢で若い時期から働いていた人が年功序列型の日本の賃金体系の中で得ていた賃金と同程度のものを直ちに得ることはできなかった。これらの要素を考慮すれば、原告隆が二八年間冤罪により社会的生命を奪われ続けた精神的損害に対する慰藉料は、少なくとも金二〇〇〇万円が相当である。

⑶ 裁判費用

 原告隆は、再審請求をしてから再審開始決定を経て無罪判決確定に至るまでの間、裁判費用として多額の出捐を余儀なくされたが、本件で請求している金六〇〇万円の内訳は次のとおりである。
  (イ) 再審請求事件(棄却審、異議審の双方を意味し、再審公判を含まない。以下同じ。)において、南出一雄、松坂清、青木正芳の三名の弁護士に支払った着手金及び成功謝金 金三〇〇万円
  (ロ) 再審請求事件において、右三名の弁護士に支払った左記出張に要した旅費、日当の合計額 金一五〇万円
  (ハ) 右三名の弁護士が裁判記録謄写等に要した費用 金八〇万円
  (ニ) 右三名の弁護士以外の弁護士に対