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なことも当然と言えるのである。

第三

    以上を要するに重要な論点をとりあげ考察を加えたが、証拠偽造等の疑念を差しはさむべき事実はいささかも存しない。 被告は、原告那須隆が本件白ズック靴、同海軍シャツ付着の血痕は、捜査機関が偽造したものである旨主張(具体的事実を指摘して主張するものではない。)するので、仮りにそのような想定に立って考察を加えてみると、以下述べるとおり、はなはだ理解し難い矛盾に逢着することになる。
 一 まず偽造を想定するならば、その時期は、前記第一、六の経緯に照らし、引田医師の鑑定後で科捜研に嘱託するまでの間と解するのが常識に合致するであろうが、本件白ズック靴は引田医師が血痕付着を認めない旨の鑑定をなし、次いで科捜研においても本件白ズック靴よりの血痕は証明し得ないとしていることは、右ズック靴に人為的な手(偽造)の加えられなかったことのなによりの証左である。また、第二、一、3記載のとおり本件白ズック靴についてQ式検査がなされていないことは、その後においても人為的な手(偽造)の加えられていないことを示するのである。右事実に照らす時、科捜研に嘱託するにあたり、本件海軍シャツのみを偽造したとするのは、理解し難い。それを疑ぐるのであれば、用意周到な捜査機関は、権威筋である科捜研に嘱託するにあたり(特に本件白ズック靴については、血痕付着の積極判断を得ることにその目的があったといえる。)、逮捕の決定的証拠となった本件白ズック靴にこそ人為的な手(偽造)を加えて然るべきものである。前記第一、第二記載のとおり、各鑑定を時間的推移(現実に検査を実施した日時)に従い、且つ、本件白ズック靴、同海軍シャツを統一して考察(この点は捜査機関の意図を理解するうえで極めて重要である。)するなら、偽造等の疑惑は 払拭し得るのである。更に第一、八、2記載のQ式検査の経緯をみても、偽造等の疑惑を差しはさむ余地はない。
 二 また、本件海軍シャツ付着の血痕の成因については、控訴審において東北大学の村上教授が第一、一二記載のとおり鑑定し、多くのものは位置、形、畳から考えて本件犯行態様によって生じ得る(むしろ成因が単純ではないことに注意すべきである。)とされ、特に注目すべきは(本鑑定の主目的でもあった。)、ポケットの裏に斑痕があった事実であり、同教授は「この斑痕は血液に汚れた物をこのポケットへ入れたために生じたであろうと考えられる」旨鑑定しているのであって、本件海軍シャツの斑痕状況に人為性を考えることは到底困難である(ポケットの裏に斑痕を偽造するものを予想し難い。)。
 三 更に、東京大学古畑種基教授は、昭和二六年八月二一日(第二審)公判廷において、

問 右証第三号開襟シャツに付着してあるような血痕は死後十六日以上を経過した人の血によって生じ得るものであるかどうか。
答 そのようなことは人工的処置を加えない限り殆ど不可能であると思います。
問 人工的処置というと……。
答 腐敗しないように又凝固しないように血液を処置して置くことであります。
  尤も絶対的に不可能とは言い切れませんが、シャツにあのような斑点をつけることは困難だと思います。証第三号シャツの血痕が飛沫によって生じたものと認められるから、その血痕を人工的に付着したものとは認めませんでした。

旨述べ、本件海軍シャツ付着の血痕は人工的なものと認められないと証言しているのである。万一後日作為により付着させられた可能性があるとするにしても、そのためには被害者の血液―しかも腐敗や凝固していない、いわゆる生血―が絶対に必要であることを証言している。捜査機関が、本件発生後被害者のいわゆる生血を保存(当時では技術的に困難である。)していた事実はないし、また捜査上その必要はなかったのである。このことは、原告那須隆を逮捕後、同人の血液を採取して鑑定の結果、被害者と同一のB型であることが判明し、更にABO式以外の血液型検査の必要をみるに至った際その後の〔丙3〕、平嶋鑑定、三木鑑定等いずれも犯行現場の畳に付着した被害者の血痕を鑑定に供している事実からも容易に知ることができる。
 四 最後に、本件海軍シャツ付着の斑痕の色あいについて検討する。
 これについては、古畑教授が

答 色の判別は同じ色を見てもそれは見る人の感じで表現のし方が違うものですから、本件の色についてはあまり問題にならないのではないかと思います。
  私の赤褐色というのは赤味がとれて褐色となったものを指すのです。現実に右シャツには二様色のものがあった訳ではありませんから、従って引田先生と私との色に対する判定の相違であると思います。
問 又国家地方警察本部科学捜査研究所法医学課の〔丙3〕外一名作成の鑑定書には「褐色」とあるが、これはどうか。
答 それは広い意味で使ったものと思います。褐色の中には、赤と暗とがあるのです。それ故それはたいした意味はないと思います。
問 色の区別の標準は……。
答 その時の色の度合、溶解の度合でいろいろ呼んでいるのが大体の標準でありますが、その外に見る人の眼によっても違いますから、はっきり決めることはむづかしいと思います。

旨証言しているとおり、その表現方法が確立(例えば色名帳の如き共通の標準色を設定して表現する。)していたわけでなく、各人各様にその感じを表現しているのである。しかも血液が凝固し変化していく色あいは複雑で、相当微妙な表現を伴なわざるを得ない(このことは日常経験的に容易に理解し得る。引田医師の前記第二、二、 3、㈡記載の証言でも、血痕という前提であるかは別として、「あせたような褐色」、「灰色がかったあせた様な黒ずんだ色」と