等の姿が落ちるのを見る時、私は、一生を骨董商として過して、バルベックやタドモアやペルセポリスの朽ちかゝつた円柱の影ならば幾度も見なれてゐたにも拘らず、曽て感じたこともない、今は魂それ自身が廃墟になつてしまつたかの如き感じに打たれるのであつた。
私は四辺を見廻した時、以前の私の不安を恥しく思つた。
私が若しこれまで我々につき纏つて来た迅風に慄へるくらゐでは、小旋風とか毒熱風なぞの言葉はまつたく取るに足らない無効なものであることを理解するであらうところの、大洋と風との戦にはおそろしさのあまり到底堪へ切れなかつたのではあるまいか? 船を取りまく一切の外景は、永劫の夜の暗黒と、泡のない茫漠たる水であつた。しかし、船の両側約一リーグの辺には、ぼんやりと此処彼処に宏大なる氷の城壁が、物寂しい中空に屹り立つてゐるのが見られた。恰も宇宙を覆ふ壁のやうに。
私の想像通りに船は果して潮流の中にあつたのだ――若しもさうした名が、白氷に咆哮し叫び狂ひ、恰も瀑の中へ真逆様に突進するやうな激しさで南方に轟き渡つてゐる潮に与へられるのに適当なものであるとしたなら。
私の心の恐怖を言ひ表はすことは全く不可能だと言ふに憚らない。だが、この恐るべき天地の秘密に向けられた私の好奇心は、絶望さへ超越してゐた。そしてまたそれはこの最も戦慄すべき死の相をさへ服従せしめた。我々が非常に心をそゝりたてる或る知得――その到達は死滅であるところの或る知り得べからざる秘密――へ向つて急ぎつつあることは明白である。多分この潮流は我々を南極そのものに導いてゐるのであらう。この甚だ狂気じみた想像はたしかに当つてゐるのだ。
乗組員たちは甲板を落着かぬ慄へる足どりで歩いてゐる。併し彼等の面には絶望に対する冷淡よりも、更に希望の激しい感動の色が漲り渡つてゐた。
この間に風はなほ船尾の高甲板を襲ひつゝあつた。そして船は無数の帆を張りきつてゐたために、幾度となくそつくり海から引き上げられるではないか! おお、恐怖は恐怖に重さなる! ――氷が突然、右と左とに開かれれば、我々は眩しく廻転し初〔ママ〕める、無数の同心円の中に、ぐるぐると巨大な壁の頂は迥な暗の中に消えてゐる円戯場の縁をめぐつて。だが、最早や私の運命について思案してゐる暇はなくなつた! 円は急速に小さくなつて来た――我々は物狂ほしく渦巻の力の中へ落ち込んで行く――そして大洋と暴風の叫喚と咆哮と轟きの中に船は戦いてゐる――おお神よ! そして――まつしぐらに!