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伴ひてバムベルヒ客舍 Bamberger Hof に至る。滑稽連 Komikergesellschaft の「ヱルシユ」Welsch と名くる者を觀る。卑俚甚し。聲妓中一人は曾て咖啡店にて瞥見したる私窩兒なり。他は推知す可し。

二十二日。ヰルケ去る。

二十三日。天氣好し。土曜日。午後加藤、原田、濱田、岩佐と會す。加藤の發意にてスタルンベルヒ湖に遊ぶ。舊酒亭をレオニイ村に訪ふ。秋色滿目、墜葉路を蔽ひ、夏日の綺羅塲と同じとは思はれず。蓬頭荊釵の主婦出でゝ余を迎ふ。曰く。「ドクトル」復た來れりと。纔に前遊の夢幻に非るを悟る。

二十八日。レンク Renk に誘はれ、府の樂堂「オデオン」Odeon に至り、新設の照夜及換氣法の利害を試驗す。夜家に歸る。家書に接す。

三十日。旗亭「シユニヨル」の主人「フラウエンキルヘ」Frauenkirche の側なる家に轉徏す。久く日本人喫餐の處に定まり居りしに、今他處に轉ずるは何とやら不快なる心地す。人々ケエテに別るゝを傷むも可笑し。

三十一日。大尉カルヽの子アルベルト加藤の家主シヤウムベルヒ Schaumberg の子オツトオ、リイゼ Otto, Lise 等を伴ひて「パノプチイクム」Panopticum を觀る。蠟偶の見せ物なり。帝王后妃名士佳人を摸す。詩人シエツフエル Joseph von Scheffel の像の如きは、人をして其風采を想見せしむるに足る。

十一月一日。中濱東一郞來責府より至る。余とペツテンコオフエル師の試驗塲を分つ。

三日。在模拿姑府邦人と會す。天長節を祝するなり。會塲を龍動市舘 Hôtel Stadt London と爲す。卽ちシユニヨルの新旗亭なり。助敎授シユワアゲル Schwager 氏花卉一瓶を寄す。

七日。諸氏と寫影す。天長節宴の餘興なり。

九日。夜中濱とイザアル河畔を步す。月色絕好。