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喬木枝を交ふる下、綠草茸々たり。花園に入る。艸花盛に開けり。大理石彫像多し。園の後に栗林あり。紅白の花を着く。野鳩多し。頸に白環あり。本邦の者に比すれば稍〻大なり。「ドロツセル」、「アムゼル」、紅尾鳥 Drossel, Amsel, Rothschwaenzchen 等の諸禽を見る。既にして池沼を得たり。所謂カロラ湖 Carolasee なり。白鳥ありて游泳す。池を一周するに、步々觀を改め、奇幻極なし。動物園に入る。象、犀、麒麟、「ラマ」Lama 等を見る。「ラマ」は性頗る惡しく、動もすれば人の面に唾す。子母獅最も奇とす可し。ウユルツレルの姑の家に晚餐す。夜シユウマン氏酒房 Schuhmann'sche Weinstube に至る。「サン、テミリオン」St. Emilion 酒一瓶を傾く。當壚の婦余を錯り認めて伊地知大尉となす。衆大笑す。此日午前少しく雪ふる。

十三日。陰、午前七時軍服を着し、ウユルツレルと俱に馬車を倩ひて練兵塲に至る。負傷者運搬演習を觀んとてなり。演習中少く雨る。午前十一時三十分式畢る。塑像舘及畫廊を觀る。德停の畫廊は世界の名畫を收む。就中ラフアエルロ Rafaello の童貞女は余の久く夢寐する所なりしが、今に到りて素望を遂ぐることを得たり。客舘に晝餐す。午后五時正服を着し、軍醫會に赴く。會塲はブリユウル磴 Bruehl'sche Terrasse なる「ベルヱデエル」Belvédère 亭なり。亭は易北河の南岸に築ける舊砦なり。王國衞生團の軍醫悉く集る。來賓には陸軍卿、伯林衞生會長軍醫正ダイク Dyck 德停病院外科醫長某等あり。酒酣にしてロオト氏演說す。中に今日の宴、別に遙に東方より來れる客を見る喜あり。此人假に我軍團に投ぜんことを願はゞ、余等はその何れの日なるを問はず、樂みてこれを迎ふ可しといふ語あり。最後に軍團の康寧を祝すとて、滿堂の客三鞭酒の杯を擧げ、「ホオホ」hoch ! と呼ぶこと三たびす。酒間には奏樂あり。軍醫中曾て伯林に在りて坂井直常と同じく學びたりと云ふものあり。夜十二時會散ず。

十四日。陰、午前十時客舘を出て、ロオト氏に從ひて諸兵營及平時病院を巡視す。午後一時巡視畢る。「カシノ」に晝餐す。七時散ず。八時滊車に上りて來責に歸る。時に十時十五分なり。

二十四日。家書到る。