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や、害無し。されど一旦之を手にすれば、誘惑忽ち生じて、之を濫用せんとすること尠からず。刀刄屢ば平和なる其鞘を頴脫するあり、或は新刀を獲て之を無辜の脰に試むるの兇暴を敢てするものありき。

 然るに爰に吾人の考ふべき一要件あり、曰く武士道は漫に刀刄を用ふるを可とするものなる乎と。答へて曰く、斷じて然らずと。劍は其良用を貴しとなす。故に之れが濫用を咎め、之を憎めり。其所を得ずして刄を揮ふものは、暴漢なり、兇人なり。重厚の士は、劍を用ふるの時を識る、而して其時の來る甚だ稀なり。故勝海舟伯は、幕末の亂世に出て、暗殺自刄公行し、空吹く風も腥かりし日に當り、英邁の才、柳營の樞機に參して、屢ば兇刄の其背後を覗ふことありし