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然り。予は今爰に讀者の或は、吃驚酸鼻すべきを顧みず、沙翁の所謂『落魄の主君に仕へて艱苦を具にし』、以て、『稗史に名を得たる』忠臣の物語を敍せん。

 其物語は我國史を飾れる淸廉高義の人格菅原道眞を寓せるものなり。道眞は嫉妬讒誣の餌となり、都を逐はれて流人の身となりけるが、情を知らぬ敵は、斯くても尙ほ饜かず、其一族をも擧げて亡はんと、一子菅秀才の幼かりけるを酷しく詮義して、道眞の舊臣武部源藏が芹生の里の寺小屋に匿ひ置くを探り出し、首打つて渡せとの嚴命に、源藏も今は是非に及ばず、承引なしたる心は、夥多ある寺子の中、孰れなりとも御身代りと思ふて歸る家の內、あれか、これかと見渡せど、玉簾の中の誕生と、薦垂の中に育つたとは、似ても似