才の敏捷なるに感じ、直に其袋を源內に與へたり、これよりして甚だ親しみ厚くなり、其後はたび〴〵客屋へ至り、物產の事を尋問へり、又ある日カランス、一つの棋子の如き形の、スランガステーンといふ物を出し示せり、源內これを見て其功用を問ひ歸り、翌日別に新に一箇の物を作り出して持ち行き、カランスに見せたり、カランス是を見て、これは前日見せ示せし物と同品なりといへり、源內曰く、示さるゝ所の品は貴國の產物か、又は外國にて求め給へるものかと問ふに、是は印度の地方別意蘭といふ所にて求め來れりと答ふ、源內又問て曰く、其國にては如何なる所に產するものといへば、カランス曰く、其國にて傳る所は、此物大蛇頭中より出る石なりといへり、源內聞て、それは左樣にはあるまじ、是は龍骨にて作りし物なるべしと云ふ、カランス聞ていふ、天地の間に龍といふものはなき物なり、如何して其骨にて作るべしといへり、是に於て源內己が故鄕なる讃州小豆島より出せる、大なる龍齒につゞきたる龍骨を出し示して、是卽ち龍骨なり、本草綱目といへる漢土の書に、蛇は皮を換へ龍は骨を換ふと說けり、今我示す所のスランガステーンは、此龍骨にて作れる物なりといへり、カランス聞て大いに驚き、益々其奇才に感じたり、これによりて本草綱目を求め、右の龍骨を源內より貰ひ得て歸れり、其返禮としボヨンストンス禽獸譜、ドドニユース生植本草、アンボイス貝譜などいへる、物產家に益ある書物共を贈りたり、是等の事も直對接話にて辨じたる事にはあらず、附き添たる內通詞部屋附などいへる者にて、其情を通じて辨ぜしことにて、一字一言通知せしことにあらず、其後源內彼地へ遊歷し、蘭書蘭器なども求め來り、且つエレキテルといへる奇器を手に入れ歸府し、其機用の事をも漸く工夫して、遍く人を驚せり、
○此風右の如く成り行けども、西洋の事に通じたりといふ人もなかりしが、只何となく此事遠慮することもなきやうになりたり、蘭書抔所持すること御免といふ事はなけれども、間々所持する人もある風俗に移り來れり、同藩の醫中川淳庵は、本草を厚く好み、和蘭物產の學にも志ありて、田村藍水、同西湖先生抔とも同志にて、每春參向せる阿蘭陀通詞共の方にも往來せり、明和八年かのとの卯の春かと覺えたり、彼