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此猿あはてさけびてにぐる程に、いたく子を片脇にはさみてはしる程に、速に行ことなし、しきりに彼犬近付ければ、先命をたすからんと、片手にてわきにはさみたる子を捨てにげのびけり、故に常ににくみてせなかにをけるにくまれ子は、恙なく取付來れり、彼寵愛せし子は、犬に喰殺されぬ、幾度か悔共かひなきに依て、終に彼にくみつる子をおほせ立て、さきの子のごとくにてうあいせり、其如く、人としても、今迄親しく思ふ者にうとんじ、愚成ものにむつぶも、たゞ此猿のたとへにことならず、これによつて是を見れば、かれはよしこれは惡しと品を選ぶべからず、誰もひとしく思ふならば、人またわれを思ふべきことうたがひなし、

第二十七 かはらけ慢氣をおこす事

ある〈人脫カ〉かはらけを作りて、未やかざるさきにほしけり、此かはらけ思ふ樣、扨も我身は、果報めでたき者かな、或は田夫野人のふみたりし土なれども、かゝるめでたき折節にあひて、人にあひせらるゝ事のうれしさよと、まんじゐける處に、夕立かのかはらけのそばに來て申けるは、御邊は何人にておはせしぞととひければ、土器答云、我は是帝王の土器也、いやしき者のすみかに至ることなしと申ければ、夕立申けるは、御邊は本を忘れたる人也、今左樣にいみじくほこり給ふ共、一雨あたまにかゝるなれば、忽本の土と成て、かまや、かき、かべにぬられなんず、人もなげにまんじ給ふものかなと云て、俄かに夕立かみなりさけびて、彼土器をふりつぶしければ、本の土とぞ成りたりける、其如く、人の世に有て、せいろにほこるといへ共、忽土器の雨にくだくるが如、不定のあめに誘引さそはれて、野邊の土とぞ成にける、我身をよく觀ずれば、彼土器に異らず、をんあひのしたしきいもせの中も、おもへば根本土也、けがらはしき土をのみ愛して、到來のつとめをせぬ人は、無常の夕立にうたれんこと、千度悔共かひ有まじ、かねて此事を按ぜよ、

第二十八 鳩と狐との事

ある植木に、鳩巢をくふ事有、然るを狐其下にありて、鳩に申けるは、御邊は何とてあぶなき所に子をそだて給ふや、此所にをかせ給へかし、あめ風のさはりもなし、穴にこそ置べけれと云ければ、愚成物にて、誠かなと心得て、其子を陸地にうみけり、然るを