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なば、あの牛のせい程に成なんと思ひて、きつとのびあがり、身の皮をふくらして、子供にむかつて、今は此牛のせい程なりやと尋ければ、子どもあざ笑て云、未其位なし、はゞかりながら、御邊は牛に似給はず、正敷かぶらのなりにこそ見え侍りけれ、御かわのちゞみたる所侍るほどに、今少ふくれさせ給はゞ、あの牛のせいに成給いなんと申ければ、蛙答申さく、それこそやすき事なれと云て、力マヽえいやと身をふくらしければ、思のほかに、皮俄に破て腹わた出、むなしく成にけり、其如く、及ざる才智位を望む人は、望ことを得ず、終に己が思ひ故に、わが身をほろぼすこと有也、

第二十三 わらんべとぬす人の事

或井のそばに、童子一人ゐたりしが、あなたこなたを詠ける間に、盜人一人走來り、此童を見て心におもふ樣、あなうれし、此者のいしやうをはぎとらばやと思ひて、近付侍る程に、盜人の惡念をさとつて、いとかなしき氣色をあらはして、鳴々ゐたりしが、盜人これを見て何事共知ず、よのつねのかなしみにはあらず、いぶかしく覺えてさしよりて、いかなることを悲むぞといへば、童云樣、何をかかくし申さん、心にうき事有、たゞ今黃金のつるべを持て、水をくまんとする所に、俄になわきれて、井戶の中に落入ぬ、千度尋もとむれ共せんかたなし、いかにしてか、主人の前にて申べきやと云ければ、盜人是を聞て、面にはあはれにかなしきふりをあらはして、なぐさめて云、いと安事かな、われそこへ入て引上べければ、汝いたくなげくべからず、童是を聞てうれしくて、淚をのごひて賴けり、其時盜人きる物をぬぎ置、井どの中におりて、こゝかしこ尋るひまに、童此きる物を取て、いづちともなくにげ去けり、盜人やゝひさしくつるべを尋けれ共、これにあはず、かゝる程に上にあがりしかば、置たるきものも、童もうせて見え侍らず、其時われとわが身にいかつて、ひとり言を云樣、誠に道理の上より、これを天道はからひ給ふ、其故は、人の物をぬすまんとするものは、かへつてぬすまるゝ物也と云て、あかはだかにて歸りにけり、其ごとく、我も人も、前後始終をたゞさずして、みだりに人をたばからんとせざれ、たとひ相手はいやしき物なり共、理をまげんとせば其くいあるべし、何事もいたさぬ先に、まづきたるべきそんとくをかんがへ申べき事、もつとも道理にか