Page:Bunmeigenryusosho1.djvu/160

このページは校正済みです

しをみて、御邊は何とてやせ給ふぞ、我に羊を一疋たベ、彼羊を盜取てにげん時、退掛まろび給へ、此事見給ふならば、御邊にゑじきを給ふべしといへば、實もと同心す、案のごとく、狼羊をくはへて逃去時、犬あとより追懸、まろびたはれて歸りけり、はすとるいかつて云、何とて羊をとられけるぞといひければ、犬答云、此ほどゑじきなくして、散々疲勞仕て候、其故に羊をとられて候といへば、實もとて、それより餌食をあたへぬ、又狼來て、我謀聊違べからず、今一疋羊を給はれ、此度も追かけ給へ、我に聊疵を付させ給へ、然れ共ふかでばしおふせ給ふなと、かたく契約して、羊をくはへてにぐる所を追かけ、かの狼を少し喰やぶりて歸りぬ、主人これを見て、心よしとて、いよゑじきをあたへすくやかにす、又狠來りて今一疋所望す、犬申けるは、此ほど主人よりあく迄ゑじきをあたへられ、五體もす<やかに成候へば、ゑこそ參らすまじきと云はなしければ、何をがなと望みけるほどに、犬敎て云、主人の藏に樣々の餌食あり、行て用給へと云ければ、さらばとて藏に行、先酒つぼをみて、思ひのまゝにこれをのむ、のみ醉てこゝかしこたゝずみありくほどに、はすとるのうたふをきゝて、彼きたなげ成ものさへうたふに、われうたはであらんやとて、大聲上ておめくほどに、里人きゝ付て、あはやおほかみの來るはとて、弓やなぐひにてはせ集、是によつて狼終にほろぼされぬ、其如く、召仕者にふちをくはへざれば、其主の物をついやすと見えたり、

第十 狐とおほかみの事

あるとき、狐、子をまふけゝるに、狼を恐れて名づけ親と定む、狼承て、其名をばけ松と付たり、狼申けるは、其子を我そばに置て學文させよ、恩愛の餘、みだりにわるぐるひさすなといへば、狐實もと思ひ狼に願ぬ、狼此ばけ松をつれて、ある山の嶽にあがり、我身はまどろみふしたり、けだもの通らばおこせよと云付たり、さるに依て、ぶた其邊をとほるほどに、ばけ松おほかみをおこして、是をおしゆ、狼申けるは、いざとよ、あのぶたは、けもたゝごはくして、口をそこなふもの也、これをば取るまじきと云ふ、また牛を野飼にはなすほどに、ばけ松敎へければ、おほかみ申けるは、是もはすとる犬など云物多、取まじと云、またざうやくのありけるををしへければ、是こそとてはし