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ば、やがて御平愈有べしと申、狐此事を傅聞て、にくひ狼が訴訟かなと思ひながら、召に應じて、しゝ王の御前のいつはりごとに、おのれが身をどろにまろびて出來たり、しゝ王此よしを見るよりも、近ふ參れ、申べき子細有、近き程汝を一の人共定むべきなど、めでたふ申ければ、狐さつして答けるは、あまりあはてさはひで參けるとて、まろび候ほどに、以外にしやう束のけがらはしく候、かへつて御違例のさはり共成なんやと云て、重て申けるは、我此程人に習候、かやうの御違例には、尾のなき狼の四つ足と、つらのかわをのこして、生皮をはぎてめさせ給はゞ、たやすく平愈すと傳へて候、但尾のなき狼は、有べうも候はずと申ければ、しゝ王是こそこゝにあれと、かの狼を待所に、何心なく參候ひぬ、しゝ王引よせて、いひしごとくに皮をはいで、命ばかりを助にけり、其後有山のそばに、件の狐詠居ける折節、狼もそこをとほる、狐申けるは、これを通らせ給ふは、誰にて渡らせ給ふぞ、かほどにあつき炎天に、頭巾をかづきたびをはき、ゆがけをさいて見え給ふは、もしひがめにてもや候らん、五體をみればあかはだかにて、あぶ、蜂、蠅、蟻なんと云物、すき間なく取付たり、但きる物のかたにてばし侍るか、能々見候へば、いつぞやしゝ王に、よしなき訴訟し給ふ狼なりとてあざけりける、其ごとく、みだりに人を讒訴すれば、人また我ざんそうする、春來時は冬またかくれぬ、夏すぎぬれば秋かぜ立ぬ、ひとり何ものか世にほこるべきや、

第七 おほかみ夢物がたりの事

ある時、狼夢に高位に任じて、あく迄食すと見たりける、明日狼山を出時、道の邊に猪の腹わた有、すはやめでたし、はやゑじきの有けるよと、よろこびさかへけるが、いやこれは腹の毒とて、能ゑじきをくはめとこそ、そこを過て行ぬ、ある山のそばに、子をつれたる馬有、狼此よしを見て、是こそ能るゑじきなれ、くはゞやと心得て、馬に向て申けるは、汝が子を我ゑじきとなすべし、心得よと云ければ、馬答云、ともかくも仰こそしたがはめとてゐたりけるが、狼に申ける、承候へばげぎやうの上手と申、我此ほど足にくゐぜをふみ立て候へば、恐入ながら御目にかけたしと申、安事と云程に、片足をもたげて、是を見給へと云ければ、狼打あをのひて見ける所を、岸より下にふみおとし、