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第五 馬とおほかみの事

ある馬、山中を通けるに、狼行向て、旣に此馬をくらはんとす、馬はかりごとに申けるは、此所におゐて、我をゑぢきとなし給はゞ、後代に聞えもあしかりなんず、猶山深くめしつれ給ひ、何と成共はからひ給へと申ければ、狼實もと同心すれば、馬繩を我腹に付、狼のくびにくゝり付て、いづくへなりともつれさせ給へと申ければ、此山は案內しらず、汝みちびけと云ければ、馬申けるは、是は里へ行道にてはなし、奧山へのすぐ道と申、かれもこれもあゆみ近付程に、手づめに成て、狼たばかられんとや思ひけん、後へゑいやつとしされければ、馬前へ引かけゝる、さしもたけき狼も、大の馬にはつよく引れぬ、せん方なげにて行たりける、主此由を見付て、先狼にいたく棒をぞあたへける、そばよりそこつ人はしり出、刀を拔て切らんとす、狼のマヽよかりけん、其みをはづれてなわをきられて、ほうぼうとにげてぞ歸りける、其如く、我敵と思はん者の云事をば、能思案して可隨、あはてゝ同心せば、彼狠がわざはひに可同、

第六 おほかみと狐との事

ある河の邊に、狐魚を喰ける折節、狼上に臨て步來り、狐に申樣、其魚少あたへよ、ゑじきになしてんと云ければ、狐申けるは、あな恐多、我わけを奉るべきや、籠を一つ持來らせ給へ、魚を取て參らせんと云、狼爰かしことかけ廻て、かごを取て來りける、狐敎けるやうは、此かごを尾に付て、川の眞中をおよがせ給へ、あとより魚を追いれんと云、狼かごをくゝり付て、川を下におよぎける、狐あとより石を取入ければ、次第に重て一足もひかれず、狐に申けるは、魚の入たればことの外重成て、一足もひかれずと云、狐申けるは、さん候、ことの外に魚の入て見え候ほどに、我力にては引上がたく候へば、けだものを雇てこそ參らめとて、くがにあがりぬ、狐あたりの人々に申侍るは、彼あたりの羊をくらひたる狼こそ、只今川中にて魚をぬすみ候と申ければ、我先にとはしり出、散々に打ちやくしける、そばよりそこつ者出て、刀をぬいて是を切に、何とかしたりけん尾を切て、其身は山へぞにげ入ける、おりしもしゝ王違例の事有ければ、御氣色大事に見えさせ給ふ、われ此ほど諸國をめぐりて承及候ひぬ、狐の生がはを御はだへに付させ給は