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あるとき、鷄園に出て餌食をもとむる處に、狐是をくらはゞやと思ひ、先はかりごとをめぐらして申けるは、いかに鷄殿、御邊の父御とは親申承候、此後は御邊共申合めと云ければ、鷄誠かなと思ふ處に、狐申けるは、扨も御邊の父ごは御こゑのよかんなるぞ、あはれ一ふくうたひ候べし、聞侍らんと云、鷄ほめあげられて、旣にうたはんとして目をふさぎ、くびをさしのべける處を、しやかしとくはへてはしる程に、鷄のこゑをきゝ付て、主追懸て、我鷄ぞとさけびければ、狐をたばかりけるは、いかに狐殿、あのいやしきものの分として、我鷄と申候に、御邊の鷄にてこそあれと返答し給へと云ければ、げにもとや思ひけん、其鷄をさしはなし、あとを見かへる隙に、鷄旣に木にのぼれば、狐大きに仰天して、空く山へぞ歸りける、其ごとく、人が物をいへと敎ればとて、思案もせずあはてゝ物を云べからず、狐が鷄を取そこなひけるも、思案なげにものをいひける故ぞ、

第四 龍と人との事

河の邊を、馬にのつて通人有けり、其傍にたつと云物、水に離れてめいわくする事有けり、此龍今の人をみて申けるは、我今水にはなれてせんかたなし、あはれみをたれ給ひ、其馬にのせて水有所へ付させ給はゞ、其返答として金錢を奉らんと云、彼人誠と心得て、馬にのせて水上へをくる、そこにてやくそくの金錢をくれといへば、龍いかつて云、何の金錢をか參らすべき、我を馬にくゝり付て、いため給ふだに有に、金錢とは何事ぞとあらそふ處に、狐はせ來て、扨もたつ殿は、何ごとをあらそふぞといふに、龍右の趣なん云ければ、狐申けるは、我此公事を決すべし、先にくゝり付たる樣は、何とかしつるぞと云に、たつ申けるは、かくのごとくとて、又馬にのるほどに、狐、人に申けるは、いかほどかしめ付らるぞと云程に、是程とてしめければ、たつの云、いまだ其位なし、したゝかにしめられけるといへば、これ程かとて、いやましにしめ付て、人に申けるは、かゝる無法の徒者いたづらものをば、本の所へやれとて追立たり、人實もと悅びて、本のはたにおろせり、其時たついくたび悔め共、かひなくして失にけり、其ごとく、人の恩をかうぶりて、それをほうぜぬのみか、かへつてあだをなせば、天罰たちまちあたる物也、これをさとれ、