Page:Bunmeigenryusosho1.djvu/150

このページは校正済みです

うらやましくも醫學をならはせ給ふ物かな、幸我足にくゐぜをふみ立てわづらふ也、御らんじてたべとかしこみ云ける、しゝ王得たりと是を見んと云、さらばとて馬片足をもたげければ、しゝ王何心なくあをのけになつて、爪のうらをみる處を、本よりたくみごとなれば、したゝかにしゝ王のつらを、つゞけざまに踏たりける、さしもたけきしゝ王も、氣をうしなひて起もあがらず、其まゝに馬ははかるにかけ去ぬ、其後しゝ王はうとおきあがり、みぶるひして獨ごとを申ける、よしなき某が計にて、すでに命を失はんとす、道埋の上よりもつていましめとぞ覺えける、其ごとく、一切の人間も、しらぬ事をしりがほにふるまはゞ、忽恥辱をうけんことうたがひなし、知事を知る共、知らざる事をば不知とせよ、ゆるかせに思ふ事なかれ、

第三十一 しゝ王とはすとるの事

ある時、しゝ王其足にくゐぜを立、其難儀に及ける時、かなしみの餘、はすとるの邊に近付、はすとる是をおそれて、我羊をあたへてけり、しゝ王羊ををかさず、我足をはすとるの前にもたぐ、はすとる是を心得て、其くゐぜをぬいて、藥を付てあたへぬ、それよりしゝ王山中にかくれぬ、ある時しゝ王狩にとられて籠に入れられ、罪人を入て是を喰しむ、又かのはすとる其罪有によりて、彼しゝ籠に押入る、しゝ王あへて是ををかさず、かへつて淚を流て畏りぬ、暫有て人々籠の內を見るに、さしもにたけきしゝ王、耳をたれ膝を折て、彼はすとるを警護す、武具ものゝぐを入て犯さんとするに、しゝ王是をかなぐりすつ、主此事を聞て、汝何の故にか、かく獸にうつくしまれけるぞと云ければ、件の子細申あらはす、人々此よしを感じて、かゝる畜生に至迄、人の恩を報じけるぞやと、感憐かんじあはれみける、是に依てしゝ王もはすとるをも免れぬ、其ごとく、人として恩を知らぬは、ちくしやうにも劣者也、人に恩をなす時は、天道是を受給ふ也、聊の恩をもうけず、之に報ぜんと常に思へ、

第三十二 馬とろばの事

あるとき、能馬能皆具かいぐおいて、其主をのせて通りける、傍に驢馬一疋行あひたり、彼馬いかつて云、ろば何とて禮拜せぬぞ、汝をふみころさんもいと易事なれ共、汝等ごときの者は、隨へて事のかずならぬとてそこを過ぬ、其後何とかしたりけん、彼馬二つの足を