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りなき父母をもちて侍りき、彼つま本よりはら惡くて、常に男の氣にさかへり、其時おつとにかくれ親の方へ歸りぬ、男なげきしたふこと限なし、人をやりよベども、かへつていらへもせず、男餘りのかなしさに、いそほをせうじてありのまゝをかたり、いかにとしても呼びかへさんと云ければ、いそほ是いとやすきこと也、けふのうちによび返すべきはかりごとを敎へ奉らんといふ、其許に先音信おとづれ物に、色々の鳥けだものをになはせて、つまの有しもとに行きて云やう、我賴みたる人、けふ女房をむかへられけるがさたもなし、もし此家に有かと問ば、つま是を聞きて、すはやとおどろきて、我をすてゝよのつまをよぶこと無念也とて、其まゝ男のかたへはしり行きて、何御邊はことなるつまをよぶとや、ゆめ其儀かなはじなどといかりければ、男笑て云、汝けふ歸らるべしとおもひ侍れば、其よろこびのために、かくめづらしきもの買もとむると云、此はかりごとは、いそほの才覺なりとぞよろこびける、それよりいそほえじつとのみかどの御いとまを給て、本國へ歸りける時、御やくそくの俸祿をも取て至れる、是に依てみかど大きに御かん有、其外えじつとにて成ける處の理ども、こまと語ければ、誠に此いそほは、たゞ人とも覺ぬものかなと、人々申あへりけり、

第九 いそほ臨終におゐて、鼠蛙のたとへをひきて終る事

さるほどにいそほ、りくうるすの帝王にも御いとまをたまはつて、諸國修行とぞ心ざしける、爰にけれしやの國に至り、諸人に能道を敎へければ、人々たつとみあへり、また其國のかたはらに、てるほすと云島に渡て、我道をおしへけるに、其所の心惡しきにきはまり、一向是をもちひず、いそほ力及ばず歸らんとする時に、人々評定して云、此者を外國へ返へすならば、此島の有樣をそしりなん、かれが荷物に黃金を入れ、道にて追かけ、盜賊と號して失ばやとぞ申ける、評定して其日にもなりしかば、道にて追かけ黃金をさがし、盜賊人ぬすびとと號して旣に籠者せしむ、漸く命もあやうく見えしかば、終近付ぬとやおもひけん、末期にいひ置く事有けり、さればいにしへ鳥けだものゝたぐひ、まじはりをなしける時、鼠蛙をしやうじて、いつぎかしづきもてなす事限なし、其後また蛙鼠を招待す、來る