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官人伺公の砌、申出し給ふ樣は、我國に損人をなをすくすし有、其養生と云は、器物に泥を入て、其病人をつけひたすこと日久し、ある病者漸十に九つなをりける時、外に出んとすれ共、此を制して門外を出ず、其內を慰み步きける、折節或侍馬上に鷹をすへ、住人に犬を牽せて通りけるを、主人走出馬のみづつきに取付、支へて申ける樣は、此のり給ふものは何物ぞ、侍答云、此は馬といひて、人のあゆみをたすくる物也、手にすへ給ふは何物ぞ、侍答云、此は犬といひて、此鷹の鳥をとる時、したばしりする物也と云、住人按じて云、其費幾干ぞや、侍答云、每年百貫宛也と云、其德如何程有ぞと問、侍答云、五貫三貫の間と云、住人笑て云、御邊此所を早く過させ給へ、此內の醫者は狂人を治する人なり、もし此醫者きかるゝならば、御邊を取てどろの中へ押入らるべし、其故は百貫の損をして、五三貫の德ある事を好人は、只狂人にことならずと云、侍げにもとやおもひけん、それよりして鵜鷹の道をやめ侍りけるとぞ申ける、此ものがたりをきゝける人々、げにもとやおもひけん、鵜鷹の藝をやめられけりとなり、

第七 いそほ人に請ぜらるゝ事

えじつとの都に、やんごとなき學匠有けり、かほ形みぐるしきこと、いそほにまさりて醜く侍れど、をのれが身の上は知らず、いそほが姿のあやしきをみて笑なんとす、あるとき態と金銀綾羅を以て座敷をかざり、玉をみがきたるごとくにして、山海の珍物をとゝのへ、いそほをなん請じける、いそほ此ざしきのいみじきあり樣をみて云、か程にすぐれて見事なる座敷、世にあらじとほめて、何とか思ひけん、彼主のそばへつゝとよりて、顏につばきを吐きかけゝるに、主いかつて云、是はいかなる事ぞととがめけるに、いそほ答云、我此ほど心ちあしき事有、然につばきをはかんとこゝかしこを見れば、美々しく飾られける座敷なれば、いづくにおゐても、御邊のかほにまさりてきたなき所なければ、つばきをはき侍るといへば、主答云、彼いそほにまさりて、才智りせいの人あらじと笑語けり、

第八 いそほ夫婦の中なをしの事

えじつとの內かよと云所に、のとゝいへる人あり、これは富榮へて侍れ共、其妻の方はまづしくして、たよ