Page:Bunmeigenryusosho1.djvu/126

このページは校正済みです

また足をくじき、或はうちさくを、人これを見て、あやしの石やとてこれをのぞく、いそほこれをみて、しやんとに申ける、風呂には人一人にて候と見え侍ると申ければ、さらばとて、しやんと風呂にいらる、然處に風呂に入ける人、いくらとも數をしらず、しやんと、いそほをめして仰けるは、汝何の故を以てか、風呂には人一人と云ひけるぞととひたまへば、いそほ答云、さきに風呂の門に、出いりにさはりする石有けり、人あまたこれになやまさるゝと云へども、これをのぞく、それよりして、出いり平案〈安カ〉に候間、人一人と申候と答けるとなり、

第七 しやんとうしほをのまんと契約の事

あるとき、しやんと酒醉けるうちに、こゝかしこさまよふ所に、ある人、しやんとをさゝへて云、御邊は大海のうしほをのみつくし給はんや否やととへば、やすくりやうじやうす、かの人かさねて云、もしのみたまはずば、何事をかあたへ給ふべきやと云、しやんとの云、もしのみ損ずるならば、わが一せきを御邊に奉らんと契約す、あないみじ、此事たがへ給ふなと申ければ、いさゝかたがふこと有べからずとて、我家にかへり、前後も知らず醉ふせり、さめて後いそほ申けるは、今迄は此家の御主にてわたらせ給ひけれど、明日からはいかゞならせたまふべきや、其故は、先に人と契約なされしは、大海のうしほをのみつくし候べし、えのみ給はずば、我一せきをあたへんと、のたまひて候ぞと申ければ、しやんと驚きさはぎ、こはまことに侍るや、何として、あのうしほを二口共のみ候べき、いかにとばかり也、かくてあるべきにもあらざれば、此難をのがれまほしうこそ侍れと、いくたびかいそほをたのみ給ふ、いそほ申けるは、我譜第の處御免給はゞ、計略ををしへ奉べきと申、しやんと、それこそ安きのぞみなれ、とく其計略ををしへよと仰ければ、いそほ答云、明日海へ出給はん時、先其相手にのたまふべきは、われいま此大海をのみつくすべし、しからば、一々に大海へながれいる所の川をことくせきとめ給へとのたまふべし、然らば相手何とかこたへ候べき、其時御あらがひも、理運をひらかせ給ふべけれと申ければ、げにもと喜びたまへり、旣に其日にのぞみしかば、人々此よしつたへ聞て、しやんとの果を見んとて、海のほとりに貴賤群集