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候と笑ければ、さらばとて、しやんと立歸り、後のう人に吿たまはく、先に答ふる所其理にあらず、我めしぐし侍るものに答へさすべしと仰ければ、のう人、彼いそほがすがたをみて、仰にては候へ共、かゝるあやしの者の、いかほどの事をか答へ候べきと申ければ、いそほ聞て、いかゞ汝がいふ處、道理にもれたり、こたふる處はづれずば、なんぞ姿のみにくきによらんや、されば先にとふところ、甚以てわきまへやらず、汝繼子けいしと實子をしるやいなや、それ人間の習として、實子をば是を愛し、繼子をば是をうとんず、其ごとく、四大の中に生る、しだいが爲に繼子也、人の繼子を以て、しだいが親疎を辨也、

第五 けだものゝ舌の事

あるとき、しやんと客來のみぎり、いそほに仰て、汝世中にめづらしきものを、もとめ來れとありければ、いそほけだものゝ舌をのみ調へ侍りける、しやんと是をみて、世間のめづらしき物に、けだものゝ舌をもとむる事、何事ぞと仰ければ、いそほ答云、それ世の中のあり樣を見るに、舌三寸のさへづりを以て、現世はあんをんにして、後生ぜんしよにいたり候も、皆舌頭のわざなり、されば諸肉の中におゐて、舌はいちめづらしき物にあらずやと申、またある時、世間第一のあしき物をもとめ來れと有りければ、いそほまた獸のしたをとゝのふ、しやんと是を見て、これは世間第一めづらしきものにてこそあれ、あしき物とは何事ぞと有ければ、伊曾保答云、暫く世間の惡事を案候に、これわざわひのもと也、三寸の舌のさへづりを以て、五尺の身を損候も、みな舌故のしわざにて候はずやと申に、しやんとりやうじやうして、二の返事をたつとみ給ふなり、

第六 風呂の事

ある時、しやんと、いそほに仰けるは、風呂はひろきや、見て參れと有ければ、畏て罷出、其道におゐて或人いそほに行逢、何國よりいづかたへ行ぞと問ければ、知ずと答、かの人いかつて云、奇怪也いそほ、人の問にさる返事するものやあるとて、いましめんと擬せられければ、いそほ答云、さればこそ、さやうに人にいましめられんことを、知らざることにて侍るかと申ければ、ござんなれとてゆるされける、其かどのかたはらに、出入にさはりする石あり、此石にてあ