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をやすかるべからず、たゞ木綿の類を以て、製し給り候やうに、たのみまいらする候といふ、すでに日くれぬべければ、かれをも獄中に還し、某も歸りぬ、明れば廿三日の夜、通事等、某が家にめして、きのふかのものゝ申せし事の、心得ぬ事ども、尋ねとふ事あり、廿五日に、またかしこにゆく、奉行の人々も出あひて、彼人召出したり、けふは、かの奉行所にある所の萬國の圖を、出されしをもて、彼地方の事をとふに、事明らかにして、異聞ども多かりき、此圖は、七十餘年前に作りし所にて、今は彼國にも得やすからぬ物也、こゝかしこ、やぶれし事、惜しむべき事也、修補して、後に傳へらるべしなど申しき、けふも、巳の時過る頃より、未の初まで問對して、かれをば還しつ、けふは、奉行所より給はりし木綿衣をかさねて、其事を謝す、獄中のやうをも見給へとて、奉行の人々案內してゆく、獄屋の北の方に家あり、そこに、むかし、彼敎の師、正に歸したるを、置れし所也といふ、年すでに老たる夫婦二人のものありて、奉行の人々を迎拜したり、これは、罪あるものゝ子どもの孥となりしを、かのこゝに按置せられしものゝ奴牌に給りしが、夫婦となされし也、これらは、其敎をうけなどいふものにはあらねど、いとけなきより、さるものゝめしつかひし所なれば、獄門を出る事をもゆるされず、奉行所より衣食して、老を送らしむる也けり、さて、彼獄舍を見るに、大きなる獄を、厚板にて隔てゝ三ツとなし、その西の一間に置く也、赤き紙を剪て、十字を作りて、西の壁にをして、その下にて、法師の誦經するやうに、その敎の經文を、暗誦して居けり、それが居る所の南に舍ありて、守れるものども守り居たり、こゝらの事ども見はてゝ後に還れり、晦日に、またゆきむかふ、けふは、奉行の人々、出合給ふにはおよぶまじと申しければ、出合ふにも及ばれず、けふは、過し頃たづねし事共の、なをとふべき事あるを尋問ひて、日を暮しつ、すべて、此ほど尋問ふ事共、彼地方の事のみにして、かれがこゝに來れる由をも、又其敎の旨をも、問ふに及ばず、かれは、事にふれて、その事どもいひ出しぬれど、そのいらへをもせで、うちすぎたりき、その明の日に、申上しは、きのふ迄に、彼人を見候事凡三日、今は、彼が申すほどの事、聞まがふべくもあらず、かれも又某申すほどの事共、よく聞わかち候ひ