菩薩僧の仰にて。比丘尼の名まで下されしを
御もどきあそばさんや。是非〳〵出家させられ
候へといへば。和尚打ちわらひたまひ。其方はりく
つを以て我をいゝふせんとな。いでさらば具さに
返答すべきぞや。先さし當て菊をふびん
思ふゆへ。われ出家をゆるさぬなり。其子細は
在家は在家のわざあり。出家は出家のわざあ
り。跡前しらぬ若輩者修しもならはぬ比丘尼
のわざ。いとふびんの事也。又當來の成佛はもと
より在家出家によらず。願生西方の心にて。念佛だに申せば他力本願のふしぎゆへ。十則十生疑
ひなし。さてまた浄土の菩薩の告により。尼になれ
との仰せをそむくとは。これもつともいたむ所也。去ながら
それは大かた時にしたかつて。菩薩方便の教化に
もやあるらん。我がおさゆる心は。三世常住の佛勅によつて留るぞ其故は。すでに此女三毒具足の凡夫。散乱疎動の女人なり。いかでか常住の
心あらん。縦ひ一度いか成ふしぎの利益に預るとも。
業事いまだ成辨せず。何ぞ不退の人ならん。し
からば比丘尼修行。はなはだ以ておぼつかなし。その上此菊剃髪して。袈裟衣を着しつゝ。此や彼こ
と徘徊せば。隣郷他郷の人までも。是ぞ地獄