たへず。天上には五衰の露乾かず。すべて三界皆苦
なれば。何くかやすき処あらんと。心憂げに申す時。弥陀
を始めたてまつり。恒沙塵數の大衆達まで。皆一
同になげき憐みたまふらんも。此會の儀式に替らじ
思ひ合て見る時は。其折のあはれさを。いか成ふで
にかつくされん。さて和尚やゝよく泣き給ひて。いざ
成佛とげさせんと。名主方より料紙を取寄。単刀
真入と戒名し。庄右衛門に仰せ付られ。西のはしらに
押付んとて。起つ時。前後左右に並居たる者共。一
同にいふやうは。それよ〳〵庄右衛門殿。かのわつはしが。袖に
すがりゆくはと云時。和尚を始め。名主年寄も。これ
はとおもひ見給へば。日もくれがたの事なるに。五六歳
成わらんべ。影のごとくにちらり〳〵とひらめいて。今書
たまへる戒名に。取付とぞ見へける。其時和尚不覚
に十念したまへば。むらかり居たる老若男女。みな
一同に南無阿弥陀佛と。唱ふる声の内に、四方の氣
色を見渡せば。何とは知らず光りかゝやき。木〻の
梢にうつろふは。宝樹宝林と詠められ。人〻の有様
は。皆金色のよそほひにて。佛面菩薩形と變じ
木にのぼり居たる。おのこどもは。諸天影向の姿かとぞ
見えけるとなん。是そ佛智の構ふなる。當所極楽
とは聞へたりさて此氣色をおかむもの。名主年寄