此通りを名主ことはれば。若きもの共のさゝやくは。さては
このわつはしは。灵山寺淵に年來住なる河伯ぞや。雨
のそぼ降れば。川浪にさかふて。松原の土手にあがり
身をなぐる風情して。なきさけぶ有様を折〳〵見付し
ものをとて。みな口〻にぞつぶやきける。さて其次に祐
天和尚問たまはく。しからば今朝より人〻の尋る時。右の
通りを述ずして。何とてみな〳〵に。機遣をさせけるぞ
と。助答へていわく。さいふたればとてたすけてくるゝ人
あらじと思ひ。せんなきまゝにかたらずと云へは。又此趣
を先のごとく呼わる時。みなことわりとぞうけにけり。
さて和尚問たまわくしからばわれ本願の威力を頼み
汝をたすけにきたりて。いろ〳〵に問ふ時。何とてものを
いわさるやと。助答へていわくたすからふと思ふたれば。餘り
うれしさのまゝに。何とも物が申されぬを。むたひに引つめ給ひ
しとあれば。其時和尚もふかくになみだをながしたまへば。名
主年寄を始として。遠くも近くもみな一同に聲をあ
げ。なげき渡りしそのひゞき。天地もさらに感動し
草木までも哀嘆すとぞ見へにけり。これぞ誠に弥陀
本願の威力を以て。父子相迎して大會に入り。則六
道のくげんを問給へば宿命通の悟りにて。一〳〵
昔を語る中に。地獄は劇苦隙なくして久しく。
鬼畜は苦報おもくしていやしく。人間には八苦の煙