ぞと。决定のちかひたておわつて。いさみすゝんで行給へ
ば。庄右衛門も力を得。ちどりあしをかけてぞいそぎける。やう
〳〵近付与右衛門が家を見渡せば。四方のかこひ。柱斗
をのこしおき。こと〳〵く引拂ひ屋敷中は尺地もなく
老若男女みち〳〵たり。其外大路のうへ木の枝こゝかしこ
の大木まて。のぼりつれたる見物人。かくばかり此村に。人多く
はなけれ共。前〻よりのふしぎなど。遠近にかくれなく。聞
つたへし事なれば。又今朝よりせむるぞと。つげ渡るにやある
らん。道も田畑も平おしに。皆人とこそ見へたりけれ。かく
て祐天和尚と庄右衛門は。いそぐにほどなく与右衛門が家
近く着給へとも。いづくをわけて入給ふべきやうもなく。人の
うへをのりこへふみこへやう〳〵として。菊がまくらもとに近付
たまへば。されども畳一枚敷ほど。座を分て待居たるに
やかて着座し給ひ。あせおしのごひあふぎをつかひ。し
ばらくやすみ給ふ時。名主いと心せき顔にて。まづ〴〵
はやく菊に十念をさづけ給ひ。いとまをとらせ給ふべし
とくにとおち入る者にて候ひしが。貴僧の御出を相待
と見へ申と云時。和尚のたまわくまてしばし。十念も授
まじ。ちと思ふ子細有とて。ながるる御あせを押拭〳〵
菊が苦痛を見給へは。実にも道すがら庄右衛門がいふご
とく。床より上へ一尺あまり。うきあがり〳〵中にて五たいを
もむこと。人道の中にして。かゝる苦患の有べしとは。何れ