百倍して。中にもみ上げてんとうし。五体もあかくねつなふ
して。眼の玉もぬけ出しを。兩人いろ〳〵介抱仕り。累
よ菊よと呼れとも有無の返事もならばこそ。只ひら
ぜめの苦痛なれば大方命は御座あるまじ。せめて
の事に十念を。体になり共さづけ給ひ。後生御たす
け候へと。なみだくみてぞかたりける。和尚此よし聞し
めし。いよ〳〵心おくれつゝ。たゞぼうぜんとあきれはて夢路を
たどる心地にて。あゆみかねてぞ見へたまふ。時に庄右衛門。
言葉あらゝかにいふやう。こはきたなし祐天和尚たとひ
天魔のしわざにて。菊が命をせめころし貴僧のち
じよくに及びつゝ身をいかやうになしたまふとも。名主それ
がし兩人は。命かぎりに御供せんと。約諾かたく相極め
此惣談决定して名主をあとにとめ置き。それがし一人
御むかひにまいりたり。此上は貴僧いかやうに成給ふ共
我〻兩人御供仕らんに。何のあやうき所かおわせん。は
や〳〵いそぎ給へといへば。和尚あざわらつてのたまはく
おろか成庄右衛門。汝等二人我か供とは。それ何のためそや。
汝はいそぎさきへ行け。我はこゝにてしばらく。祈願する
ぞとのたまひて。心中に誓たまわく。釈迦弥陀十方の諸
佛達。たとひ定業かぎり有て。菊が命は失するとも
二度爰に押かへし。我教化にあわせてたべ。かれを捨置
給ひて。我を外道に成し給ふな。佛法の神力此度