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さやうの事いわんとすれば。累我口（わがくち）をおさへとなへさせず といふ時。左右にひかへたる百姓（しやう）共。ことはをそろへていふやう。 それは御無用（むよう）に候。その者（もの）念佛する事かなわぬ子細（しさい） 候。いつぞやも來（きた）りし時。是成三郎左衛門。今のごとくにすゝめ られ候へば。累（かさね）が申やう。おろか成云事や。獄中（ごくちう）にて念仏が 申さるゝ物ならば。誰（たれ）の罪人（ざいにん）が地獄（ぢごく）にして劫数（こつしゆ）をへんと 申候と。いゝもはてさせず和尚いらつてのたまわく。しづま れ〳〵汝等（なんぢら）。口のさかしきに。其事も我よく聞（き）けり。そ れはよな。累來て菊が身（み）に。直（じき）に入替（かわ）りしゆへにこそ 唱（とな）ふる事かなわざらめ。今はしからず。累はすでに別（へち）に 居（ゐ）て。我に向ひものをいふは菊（きく）なり。しかれば累が名 代に。菊にとなへさするぞとのたまへば。みな尤とうけに けり。さて菊（きく）に向ひ。かくとのたまへば。菊がいわく。何と仰ら れても。念仏となへんとすれば。息（いき）ぐるしくてといふとき。 和尚さては累が灵魂（れいこん）にあらず狐（きつね）狸（たぬき）のしわざなり そのゆへは実（まこと）のかさねが霊（れう）ならば。菊が唱（とな）ふる念仏にて 己（をの）れが成佛せん事のうれしさに。すゝめてもとなへさすべき が。おさゆるはくせものなり。所詮（しよせん）は菊かからだのある ゆへに。ゑ知れぬものゝ寄（より）そひて。村中にも難義（なんぎ）をかけ。 我〻にも恥辱（ちぢよく）をあたゑんとするぞ。よし此者（もの）を我に くれよ。たち所にせめころし。我も爰（こゝ）にていかにもなり。萬 人の苦労（くらう）をやめんとのたまひて。かしらかみを引のばし。弓（ゆん）