せめ申といへば名主聞もあへず。是は思ひもよらぬ事
哉。かさね能聞け。其石佛は明後十二日には。かならず
出來する故に。我〻昨日弘經寺方丈様へ罷出。石塔
開眼の事。兩役者を以て申上げる所に。方丈の仰せ
には。その石佛の因縁具に聞傳へたり。出來次第に持
來れ。かならず我開眼せんと。直に仰せを蒙りし上は。
縦ひ汝が心は變化して。石塔望は止むとても。方丈の
御意重ければ。是非明後日は立る也。かほど决定し
たる事共を。汝知らぬ事あらじ。よし〳〵是は菊がから
だの有故にゑ知れぬ者の寄添て。いろ〳〵の難題
を懸け。所の者に迷惑させんためなるへし。此上は
慈悲も善事も詮なし。只其儘に捨置き。かたく
此事取持べからずと。名主年寄大きに立腹して。各
〳〵家に帰れば。与右衛門も金五郎も。苦しむ菊をたゞ
ひとり。其儘家に捨置き。野山のかせぎに出たるは。
せんかたつきたるしわざなり。かゝりける所に弘經寺の
若黨に権兵衛といふ男。山廻の次てに。名主が館に行
けるが。三郎左衛門常よりも顔色青ざめて物あんじ姿
なり。権兵衛其故を問ければ。名主がいわく。さればこそ
権兵衛殿。かゝる難義成事また今朝より出きたれ
其故は昨日貴方も聞給ふごとく。累が石佛十二日に
は出來する故に。御開眼の訴訟。首尾能かなふ所に