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國人は亂暴にも會所前の役人三名を捕縛して露人家屋に監禁して仕舞つた。恐ろしい事變が起るのであらうと想つて居た所夜になつて、小使が辨當差入に來た。其家は普通の露人家屋なるが故に、窓の附近で聲高に話しをすれば聞えるのであるが、彼の小使は差入終つて直ちに家外に出て聲高に單歌を唱ひ始めた。勿論何を歌つたか露人等の知り得る筈がない。私は時々會所へ行く事があつたので其小使が唱つた歌の意味を知る事が出來た。其意味は次の樣である。

「何も落膽するな知らせてやつた。あさつて侍が來る」こうした意味の歌であつた。一方會所では大忙ぎ飛脚を其夜の中にアイヌ二人と小使一名の三人が東白浦迄急行して翌日直ぐ歸つて來た。榮濱迄報ず可きなれど、餘り長くなるが爲白浦とワーレの會所に止たのである。翌日侍六名が刀を二本づゝ差してやつて來た。何んだか刀が鞘の中で早く出たい露人を切りたいと呼んで居る樣に想はれた、其侍達は東白浦より山道を辿てやつて來て直ちに露官の宅に押入り上り込で、早くも一人の侍は刀を拔かんとして他の侍が止めた。侍達は何程か怒り拔いて、居たらしく其れも言葉の通じない事にもあらうが其露人の中に日本語を少しく解せる者があつて、彼の捕縛者を皆歸したので無事に濟んだ。

 其後話を聞いた所此の事件が落着しなかつたら、南部樺太の詰所役人全部集合し事に當ると云ふ話