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序文

 明治三十八年日露交戰終局を吿げて樺太島は再び我が帝國の領土に歸するや、內地方面より樺太の風土及び樺太アイヌに關する硏究者續々來島し、直ちにアイヌ家に訪問せられるむきあるも如何にせん世人の周知せられる如く、元より文學の素養なく太古傳來の遺風を續行し來りしアイヌ人として一寸の會見にては、來會諸賢をして充分なる硏究資料を得せしむる途なきは吾人の深く遺憾とする所なり。此の意味に於て余は生を樺太に有乍ら所謂自分の事は自分でなせの志を立て、自から野筆を執つて言語(俗に樺太辯や)誤脫の筆や文書をもわきまえず本書を紀行するに至り宜しく讀者諸賢の御判讀を希ふ次第なり。

 世は文明を越えんとして進々文明に向はんとする新世界となり、此の新世界幾多の先進後進の列國は知に富に相競ふて自國の領土を擴張せんとしつゝある。此の大小列國に屬する小國又は一小島には土人が住んで居る。其國々に依りて土人の言語風俗又一樣ならずと雖も我がアイヌは露政當時も自己が古風を守り少しも露風の馴化を受けざるものなり。

 然して世界に於ける土人中我アイヌ族は尤も僅少なり、又古來アイヌ人の住めるは北海道千島及び